街のあれこれ

2022年7月 2日 (土)

街の写真が後ろ向きになっていく。

JR元町駅から神戸駅にかけての高架下商店街のお店が、耐震補強工事の名目でどんどん立ち退かされてほぼ無くなっています。
移転先の見つかったお店はいいのですけど、宙ぶらりんといいますか次の場所が見つからないまま、立ち退き期限が来て閉店したお店もありますな。どこかで再開するのかすら分からないのでどうしようもありません、元町界隈でも移転先はたくさんあると思うのですけどねぇ。
学生の頃よくお世話になったスニーカー専門店は、元町商店街4丁目に移転してきれいなお店になってました。オジサンの若い頃はコンバースのハイカットのバッシュ(バスケットシューズ)が流行ったのよ。(笑)

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神戸っ子なら誰でも知ってるぐらい有名なお店なので、4丁目じゃなくて、大丸寄りの賑やかな1番街でオープンしても、十分オーラを放つお店になったのではって思いますけどね。1番街は靴の専門店や量販店がたくさんありますし相乗効果が見込めたかと。(笑)
だけどこの辺りも空き店舗が目立ちますなぁ。昨年の2月に「シャッター通りが、シャッターチャンスは笑えない。」って記事を書いておりますけど、さらに空き店舗が増えてますよ。場所は良いのにテナントが埋まらないのは何か要因がありそう。家賃が高いのか、老舗商店街のプライドが新店オープンの条件を高くしているのか、その辺の事情は分かりませんけどね。(笑)
元々神戸らしさは三宮よりも有ったと思うのですよ、だけどお客さんにとって便利で楽しい商店街かというと、お店主導で閉店時間は早いし、お客さん寄りとはいえない商店街だと思いますな。
なので三宮方面から流れてくるお客さんが多い一番街がシャッター閉まってたり、テナント募集看板だらけでも気にならないのでしょうね。大きくて立派な商店街なので余計に目立つような気がしますが。
大抵の物がネットで買えるのが当たり前、さらにコロナ禍の影響もあって、わざわざお店に来てもらえるチャンスや頻度が下がっているのに、来客の意味を考え直さないとこのまま廃れてしまうのではありませんかね。
数年前ですか、元町駅からすぐの三宮センター街に朝から飲める立ち飲み酒場ができて話題と人気でいつ通りかかってもいっぱい、しばらくするとその並びにもう一軒立ち飲み酒場ができ、向かいにはイタリアンレストランも。
最近その隣にそのお店のテイクアウトと立ち飲みの姉妹店もできてました、以前ロールアイス専門店で女の子の行列ができてたお店の跡地。ロールアイスなんて流行りものはすぐ廃れると思ってましたけどね。さらに近くの路地にはビストロ酒場ができてますな。
以前はお酒を楽しむお店が並ぶ界隈じゃなかったのですけど、人気のお店のお陰で人が集まるようになると次々お店ができます。

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元町商店街ってそういうのが無さそうというか相乗効果みたいなのを感じられませんな。最近もハンバーガー屋さんが閉店しました、結局半年しか持ちませんでしたな。その前はドーナツ屋さんでした、こちらは1年半ほどだったかと。
どちらも行ってみたいなって思っていたのですけどモタモタしてるうちに消滅、なんだかそういうのがここ数年多くなって何とも思わなくなりましたな、残念な気持ちにすらならないという。そんなのばかり続くと新しいお店にも興味が沸かなくなります。
長年街の写真を撮っていると気が付くのですけど、街の景観に馴染むぐらい長く続くお店ってやっぱりありますからね。数年先に無くなるかもしれないお店ばかりの街を撮りたくありませんなぁ。(笑)

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2022年5月19日 (木)

神戸本、昔の景色が知りたくて2。

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2019年10月8日に「神戸本、昔の景色が知りたくて。」という記事を書いてます。西東三鬼著「神戸・続神戸」って本を取り上げて、オジサンが生まれるず〜っと前の神戸の景色知ることができたのを書いてました。
で、そのときに確か昔の神戸の写真集を持ってたはずだけどって思い出したのですな。我が家に無いので、多分実家のどこかにあるだろうから、そのうち探そうって思いながら忘れてしまっていたという。で、見つけました。「昭和の神戸 昭和10〜50年代」高村推古書院 2014年刊って本。
著者といいますか撮影したのは飯塚富朗さんというアマチュア写真家の方、日本の写真史に必ず登場する、写真家のハナヤ勘兵衛氏の写真も十六点掲載って書いてありますな。内容はタイトル通り、昔の神戸の景色がたくさんのモノクロ写真で浮かび上がってくるというもの。
この手の写真集の魅力って、構図やシャッターチャンスなど、作品としての写真というより、もう撮ることができないあの頃を思い出させてくれる、記録としての写真の力だと思うのですな。「へぇ〜昔はこんなやったんや」って思わず見てしまう部分ね。オジサンも子供の頃の記憶にある街の景色の写真では思わず「そうそう、この隣に〇〇あったわ」って見入ってしまいましたからね。
まだアーケードがなかった頃の商店街だとか、今は当たり前に神戸のランドマークになっている建物が、まだ建ってなかったり建築中だったりなんて写真。反対に震災や老朽化ですでに無くなってしまった、立派な建物が堂々と建っていた頃の写真も。建物好きのオジサンはそういうのにもそそられるのですな。

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この写真集も同じ魅力がありました。ただちょっとまとまりが付いてない感じもしましたけど、貴重な一冊だと思いましたよ。オジサンも長年街を徘徊して写真を撮っているので、もし同じ場面に遭遇したら絶対撮ってしまうなって写真に共感しましたし、新聞社や職業カメラマンなら撮れない、もしくは撮らないだろうなって写真がたくさん載っていたのが良かったですよ。
なのでオジサンが若い頃に撮ってた神戸の写真も、今見ると下手くそすぎて直視できませんけどね、ただもうこの景色はフィルムの中にしか残ってないのですな、下手くそでもこの先もしかしたら貴重な記録になるのかもしれません。(笑)
そう思うと地元をもっと撮らないとって気分になりましたよ。地元というより、自分の暮らしている足元の景色ですな。何気ない普通の景色を撮った写真も、50年、100年経てば違うメッセージを発するわけですからね。ホント写真って楽しいですな。

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2022年4月28日 (木)

思い出した、昭和な喫茶店アレコレ。(笑)

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人はなぜ喫茶店に行ってしまうのでしょうね、買い物の後でちょっと休憩だったり、純粋にコーヒーが飲みたくなったからだったり、タバコが吸いたくてなんてのもあるかと。今は禁煙の喫茶店も増えてますけど、その昔は昼休みに、立て続けにタバコを吸い溜めしてるサラリーマンやOLを見かけましたな。職場では吸えなかったり、吸わないことになってたりしたのでしょうね。
待ち合わせに喫茶店は、昭和のドラマでよく見かけたシーンでしたし、友達とのおしゃべりに喫茶店は学生の頃は当たり前でした「茶ぁ、しばきに行こか」なんて言い方が関西では流行りましたね。(笑)
延々おしゃべりが止まらないおばちゃんのグループ、おしぼりでやたら念入りに、顔を拭いたり耳掃除までするオジサン、一瞬でアイスコーヒーを飲んですぐに出ていく忙しい人、仕事サボってインベーダーゲームに熱中してるサラリーマンなどなど、昭和の喫茶店って今思えば面白かったですなぁ、お店の雰囲気も独特の美しさがありましたからね。
お店のこだわりというか、店主の好みや個性が溢れてました。ドアを開けるとカウベルがカランコロンなんてのも懐かしいなぁ。そういうところには、そういうお客さんが自然に集まって来てたのでしょう、今時のセルフの喫茶店にそれは感じられませんな、明るくてどこも同じ。(笑)
喫茶店のセットメニューって好きでしたな、カレーライスと飲み物がセットなんてのはランチでよく食べたなぁ、スパゲティナポリタンや、ピラフという名の単なる焼き飯もね。ハンバーグや焼き肉など定食が充実しているランチがメインのお店も多かったですな、美味しいしご飯おかわり自由なんてのも。

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何だかどんどん思い出してきましたよ。かき氷をフラッペって呼んでたこと、クリームソーダをソーダフロートなんて気取った呼び方してたお店もありましたな。サンドイッチに塩、カレーライスにウスターソース、スパゲティにタバスコがセットだったこと、とろけるチーズが発売された後ピザトーストがメニューに増えてたこと、これもタバスコがセットでしたな。
カルピスをコーラで割った飲み物もありました、その頃よく行ってた喫茶店では「イブ」って名前でしたよ。ホットケーキをちゃんと焼いてるお店は、メニューにしっかり「自家製」って書いてましたな。そうじゃないお店は冷食を温めるレンジの音がしてました。(笑)
そうそうバターを塗ったトーストにグラニュー糖をパラパラかけて食うと美味いって知ってました?ソーダ水に入ってる真っ赤っかなサクランボの軸を、口の中で結び目作るって、ヒマ人の遊びも流行りましたなぁ。(笑)
思い出はきりがない昭和な喫茶店のアレコレ、昔ながらのお店は少なくなったとはいえ、地元にもまだ幾つかあります。時々行きますけど、なぜかホッとするというか、やっぱり落ち着きますね。(笑)

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2022年2月22日 (火)

市場の思い出はこれが最後なのかも。

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子供の頃、母親の買い物にくっついて行ってたのは市場が多かった印象があります。スーパーがまだそんなに無かった頃でしたからね。狭い通路の両サイドに対面販売の個人商店が、びっしり並んでいるのが市場でした。その頃よく行っていた幾つかの市場は、もうすでにありません。マンションになってたり、コンビニに変わってしまったり、月極駐車場になってたりしますな。
年月を考えると致し方ないことなので、そのことを残念がったり、感傷的になったりする気持ちはありませんよ。これも時代の流れだと思っています。長年街の写真を撮っていると、消えていく景色と遭遇することって多いですからね、写真に残すことぐらいしかできません。

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地元駅前の商店街にある、昔からの廉売市場が3月で88年の歴史に幕を下ろします。何年も前から再開発の話がありましたし、老朽化度合いも半端ない市場なので、今の建築基準から行くと危険な部分だらけ。
実際9年前に東口横のラーメン屋が不審火による火事で無くなってますし、そういう市場なので再開発は当然だと思うのですけど、そのせいでしょうか、昨年辺りから新聞記事になったり、神戸のことを情報発信しているサイトやブログなどでよく取り上げられていますな。
古い市場なので話題性はあるのかもしれませんが、残念ながらすでにほぼシャッター通り。閉店後は取り壊しが始まって、2024年の予定で30階建のタワーマンションに生まれ変わるそう。
オジサンとしてはこの市場の最盛期を知っているだけに、よく今まで持ちこたえたなってのが正直な感想。何年もシャッターが閉まったままのお店ばかり、残っているお店もわずかでしたし、部分的に屋根が抜けて青空が見えてるところや、廃墟化しているところもありましたからね。

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だけど子供の頃はにぎやかでしたよ、人が多くてはぐれないように母親の後を付いて行くのに必死でしたな。魚屋のおっちゃんのダミ声や、鎌で大根の葉っぱを落とす八百屋のおばちゃんが怖くてねぇ。だけど高校生の頃は、友達と学校帰りに豚まんやコロッケの買い食いが多かったような。(笑)
10年以上前だったと思うのですけど、市場の空き店舗に飲食店が出来だしたのですな。東口寄りにはラーメン屋さんやエスニック料理店に立飲みも、ネットカフェもあったかな。西の入口付近には串カツ屋さんや居酒屋さん、寿司屋さんもあったなぁ。急に増えたので空き店舗の再利用ってことで一時話題になりましたな。
もう無くなってしまったり、別のお店になってたりしますけど、串カツ屋さんは昼から飲めたし安かったので、お出かけ帰りにちょくちょく寄り道してました。(笑)
そんな廉売市場も、すでに昨年末で閉店されたり、別の場所に移転されたお店には貼り紙がしてあります。こういうたたずまいの昔ながらの市場って、地元ではもうここが最後だと思いますな。

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2022年2月15日 (火)

大衆食堂の調味料作法。

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小さな町工場がひしめき合っている地域で必ず見かけるのが喫茶店と大衆食堂。昔に比べるとずいぶん少なくなったとはいえ、まだまだ見かけますな。
そういう所の喫茶店って事務所の延長。機械の音がうるさい町工場では、お客さんとの話に支障が出るので「ちょっとそこでコーヒーでも」って、打ち合わせ場所に使われてましたな。(笑)
コンビニが増える前、大衆食堂は町工場の社員食堂みたいなポジションでした。お昼時は作業服姿の人でいっぱい。お好み焼き屋さんが大衆食堂を兼ねていたところもありましたな。鉄板で焼けるものは何でもおかずにできましたし、鉄板で焼いてる姿ってなんだか美味しさ倍増する気がしましたね。

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オジサンも随分いろいろな大衆食堂のお世話になりましたよ、ガラスのショーケースに並んだおかずを取って、飯と汁を頼むようなお店が好きでねぇ。麺類や丼もの、カレーライスももちろんありますけど、ご飯、汁、おかずが多かったですな。
ご飯はお茶碗じゃなく丼が基本、小が普通盛り、中が大盛り、大は山盛り。若いお客さんだと、おばちゃんがサービスでハナから大盛りにしてくれたりしましたな。
汁は味噌汁か豚汁、冬場は粕汁もありました。麺類用に作ってあるだしをベースにした味噌汁なので、美味くてそれだけでおかずになりましたな、お金の無かった若造の頃はこの組み合わせが一番安く付く昼飯でした。さり気なくおばちゃんが「コレ食べとき」ってちりめんおろしを出してくれたり。(笑)

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こういう食堂って肉体労働の方が多かったので、味付け濃いめにして食べるのが普通。フライや天ぷらにソース、ちりめんおろしに醤油ダボダボなんて当たり前、しっかり調味料で味付けしてご飯ワシワシが定番でしたな。オジサンも大衆食堂に行くようになって、味噌汁に七味を多めにかけると体が温まるのを知りましたよ。(笑)納豆に辛子だけでなく七味ってのも美味いですなぁ。

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大衆食堂ってテーブルに並んでいる調味料は醤油、ソース、塩、七味もしくは一味ぐらいなのですけど、マヨネーズやケチャップ、チューブ入り辛子やわさび、安い業務用ドレッシングなども置いてくれてました。
瓶ビールの並ぶ冷蔵ケースの隅っこなどに置いてあって、お昼時はお店の人も手が回らないので、お客さんは勝手に出して使ってたセルフ調味料。(笑)
で、オジサンがよくやってたのが、ご飯を頼むと付いてくる小皿のお漬物をご飯に乗せて、空いた小皿にマヨネーズと醤油を混ぜ混ぜ、これにアジフライを付けて食べるっての、飯が止まらなくなりましたな、カキフライもOKというかフライものにはベストマッチ。
タルタルソースなんて大衆食堂に無かったどころか、あれはレストランで出てくるものでしたから、マヨ醤油は最強でした。今でもお家でアジフライの時には必ず用意しますよ。(笑)

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2022年2月 3日 (木)

南京町で見かける「金玉満堂」。(笑)

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金運が良くなるだとか、商売繁盛や福が来るなんてのにまつわる縁起物を飾っているお店って多いですな、日本の場合は「招き猫」が圧倒的一位かと、飾ってないお店を探すほうが大変かもしれません。「だるま」も見かけますけど招き猫には勝てないでしょうな。
そういえば縁起物飾りすぎって喫茶店、昔は多かったですなぁ。何故かおばちゃんがやってるのね。カウンターの隅っこや、レジの周辺にタイガースグッズと一緒に飾られてたりしてました。(笑)
縁起物って居酒屋さんや小料理屋さんでも、景色の一部って感じでよく見かけますな、招き猫だけでなく、福助がいたり、えべっさん(戎神社)の飾りも。十日戎の時に売ってる縁起物の熊手、福やお金を集めるという意味だそうですけど、大きな壱億円札が付いてます、逆さまにして貼っておくやつね。このお札、神戸っ子なら「神戸サウナ」が配る壱億円札を知っている方も多いかと。裏がチラシになってるアレ。(笑)
いずれも金運にまつわる縁起物だそうですけど、ネットで調べてると、戎神社のをフリマサイトで売ってる人もいるのね、こんなことしてバチ当たらないのでしょうか、将来絶対お金で苦労すると思いますよ。(笑)で、この壱億円札ってどれくらいの効力があるのか分かりませんけど、長年貼りっぱなしで年季が入って変色しているお店もありますな、そういうお店って何故か落ち着けて居心地が良かったりします。(笑)
貼るといえば中華料理屋さんで「福」の文字を逆さまにして貼っている縁起物を、必ずと言っていいぐらい見かけます。春節祭の頃に飾られる「倒福」というものだそうで「到福」という「福がやって来る」という意味の言葉と同じ発音だから同じ意味ってシャレだそうで、どうか福が来ますようにって願い事を書き表したものって出てました。

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南京町も春節祭が近づくと飾り付けが「倒福」だらけになります。で、もうひとつよく見かけるのが「金玉満堂」。何も知らずに始めてみた時ドキッとしましたな。「きんぎょくまんどう」と読むそうで、間違っても「キンタマ」と読んではイケマセンよ。(笑)
中国語では「玉」って宝石のように貴重で美しいものを表す言葉だそうで、「金玉」は金や宝石などの財宝、「満堂」は家の中に満ち溢れてる様子って意味だそう。そう聞くと何だかスゴクいい言葉のように見えてきますな。
他には豊かな才能と知識を持った人を表す場合にも使われるそうですけど、南京町で見かけるのは「金銀財宝でお家がいっぱい」の意味合いの方だと思いますね。(笑)

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2022年1月22日 (土)

もっと撮っておけばよかった、建物の写真。

そもそも街の写真を撮りだした原点と言いますか、最初の興味が建物そのものだったので、人物も絡めた街の情景のような写真にはほとんど撮ってこなかったのですな、画面に人が入るとどうしてもまずそっちに目が行きますからね。それだけ人物って被写体としては強いって事なわけで。
人物を絡めた街のスナップショットがすごく上手な方のブログもよく見てますけど、オジサンにはこういう写真は撮れないなぁっていつも思います。ま、撮ろうとも思ってませんけどね。(笑)
建物って、その土地の歴史上重要なんてことでもない限り、取り壊されてしまえばそれで終わり、同じものがもう一度同じ場所に建つなんてことはあり得ません。本来の姿に復元された東京駅も、震災から復興した熊本城も歴史的な価値だけでなく、シンボルとしての役割もあるので元通りになりましたけど、企業や個人の持ち物だった建物は残る可能性は低いというか、ほぼ無いですな。
修復や保存はできないけど、外壁を残したまま高層ビル化してしまう建物もあります、完全に無くなるよりは外側だけでも残るわけですから、これもひとつの解決方法なのかもしれません。

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ご存知の通り、阪神・淡路大震災で神戸は明治時代以降に建った歴史的洋風建築物がたくさん失われました。びくともしなかった建物もありますけど、すでに歴史を刻んでかなり老朽化した建物が多かったので、ひとたまりもなく崩壊したのが多かったですな。かろうじて外壁が残った建物も、余震で崩れたり、耐震補強できないということで、最終的に取り壊されることになったりしましたからね。
栄町通にずらりと並んでいた銀行や金融会社のレトロで威厳のあったビルはほとんど無くなりました。若い頃この辺りを撮り歩いた写真が残っていますけど、これがオジサンにとって唯一の記憶と記録。その頃は二度と撮ることができなくなるなんて思ってもなかったですから、ショボい写真しか残ってない。もっと撮っておけば、もうちょっとマシな写真を撮れなかったのかって後悔もありますな。
当時広角レンズは24ミリしか持ってなかったといいますか、それしか買えなかったので、立派なビル全体を入れて撮ろうとすると、反対側の歩道からでも入らなくて、何とか全体を撮るために四苦八苦してたのが分かります。なので構図はメチャクチャ。(笑)
今のように超広角なんて当たり前、広角ズームまで普通にラインナップされてる時代じゃなかったですからね。安月給の若造には自分が動くか構図で何とかするしかなかったのですな。
あれからウン10年、今でも残っている建物は、街歩きの際にやっぱり撮ってしまいますね。むしろしつこいぐらい撮ってて丁度なのかもって思いながら撮ってます。(笑)

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2021年12月 4日 (土)

無知だから撮れた写真もある。

先月11月3日の神戸新聞に「昭和の遊郭一斉閉店 尼崎かんなみ新地 営業70年で初の警告」という記事が出ていました。大阪には有名な飛田新地(飛田遊郭街)と松島新地(松島遊郭街)がありますが、兵庫県尼崎にも「かんなみ新地」と呼ばれる遊郭があります。
尼崎市神田南通3丁目という地名から通称「かんなみ」と呼ばれているのですけど、夜になると開いた玄関にピンクの照明がともり、客引きの「やり手婆あ」と呼ばれるオバちゃんと、奥に艶かしい格好をしたお姉さんが座っているという。お客さんは品定めをして、気に入った娘がいたら2階に消えていくという風俗店。
この手の遊楽街は、表向き飲食店の形で営業していて、いわば黙認で続いていたわけですけど、それに対し尼崎市と県警が風営法に基づいて警告を出したそうで、一斉に閉店になったわけですな。
グーグルマップで見てみると分かるのですが、数十メートル先に小学校と幼稚園があるという場所なので歓楽街の前は通学路という。尼崎ってディープなところが多くて、よく写真も撮りましたけど、初めてうろうろした時、風俗店が立ち並ぶ前を学校帰りの子供達が普通に歩いてるのに驚いた覚えがあります。さすが尼崎って思いましたけどね、今時の基準から行くとアウトでしょうな。
かんなみ新地も何度も周辺住民からの治安に対する不安のクレームが上がってたみたい、さらにコロナ禍で県警が取り締まりを強化しているにもかかわらず営業を続けてたお店があったそうで、もはや目を瞑るわけには行かなくなったようですな。営業再開はもう無理なんじゃないかと思いますね。

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で、何でかんなみ街のことを記事にしたかというと、2015年8月22日に「写真撮ってはいけない場所」って記事を書いているのですけど、松島新地と知らずに、雰囲気のある建物がいっぱいあるなってパシャパシャ写真を撮ってて、後でそこが遊郭街だと知って冷や汗って内容でした。基本的にカメラを構えるのはマズイ場所ですからね、無知というのは恐ろしいわけで。
同じことをかんなみ新地でもやってしまってたという。商店街を抜けて少し歩くと、雰囲気のいい建物を見つけたので、写真撮ってたのですけど、それがその遊郭だったという冷や汗オチ。
その時はまだかんなみ新地なんて全然知らなかったので、ただ建物への興味だけで撮ってたわけですけど、昼間だったので大丈夫だったのかもしれません。つくづく無知って恐ろしい。ですけど、今思えば無知だったから撮れたというのもありますね。今ならとてもできませんよ。(笑)

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2021年11月30日 (火)

コスモポリタンの思い出。

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かつて神戸にあった、コスモポリタン製菓って洋菓子屋さんのことを知ってる人ってもう少ないでしょうなぁ。2006年に廃業しているのでもう無いのですけどね。オジサンには思い出の多い洋菓子屋さんだったのですな。
ウィキペディアで詳しく出てくるので、ざっくりと説明しますと、ロシア革命から逃れ、日本に亡命したフョードル・ドミトリエヴィチ・モロゾフさんって方がトアロードで始めたロシア菓子店「モロゾフ洋菓子店」が最初。
ところが日本人の共同経営者と裁判沙汰になって、結果的に追い出されちゃうのですな。しかもモゾロフって名前も商標に使えなくなってしまったという。なので息子のヴァレンティン・フョードロヴィチ・モロゾフさんが「バレンタイン製菓店」を始めるのですが、太平洋戦争の神戸大空襲で焼失。
終戦後「コスモポリタン」ってお店を立ち上げ、それがコスモポリタン製菓になりました。皆さんご存知、今のモロゾフって洋菓子の会社にはモロゾフさんが居なくて、コスモポリタンにモロゾフさんが居たというややこしいことになってしまったのですな。

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子供の頃はそんな大人の事情といいますか歴史なんて知りませんから、お出かけした時にお菓子を買ってもらうのが、ただ単純に嬉しかったわけで。あの頃はコスモポリタン、モロゾフ、ゴンチャロフ、ユーハイム、ユーハイムコンフェクト(現神戸スイーツポート)にパルナスや不二家、神戸風月堂などなど、お菓子屋さんしか見えてなかったですな。(笑)
子供のいなかった伯母夫婦が遊びに来るときは、いつもお土産でお菓子を買って来てくれたのですけど、お家じゃ買ってもらえない立派な入れ物に入ったきれいなチョコやゼリーの詰め合わせだったり、ゴーフルの大きな缶だったりを思い出しましたよ。
特にコスモポリタンは好きで、三宮センター街のセンタープラザとさんプラザの間の道を海側に行った所、現ZARA三宮店辺りにガラス張りのきれいなお店があったのですな。中にはガラスのショーケースにチョコが飾ってあって、奥は喫茶部。
チョコはなかなか買ってもらえなくて、楕円形の缶に入ったキャンディーでしたな。あの頃のお菓子の入れ物って立派なのが多くて、捨てずに文房具入れなどに使ってましたよ。
で、家内がこれ見てって出して来たのが、手芸材料入れに使っていた木の箱。コスモポリタンのシールが貼ってありました。フルーツゼリーの詰め合わせの箱らしいのですが、このロゴが懐かしくてねぇ。立派な木箱なので捨てずに使っていたみたい。
そういえばオジサンもチョコレートボンボンの入っていたモロゾフの樽型の入れ物を小学生の頃からペン立てに使ってます。ロゴは剥がれてしまってますけど立派なので捨てられず使い続けているという。(笑)

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久々に目にしたコスモポリタンのロゴ、下にはしっかりヴァレンティン・F・モロゾフって書いてありますな。モロゾフはここに居るって意思表示だったのでしょうか。

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2021年11月14日 (日)

壁面アートな看板物件。

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街歩きで目に付くそそる物件はいろいろありますが、看板はその中でも一番かと。目立たなくてはいけないものですから、お店の個性がそのまま出てますな。
つまらないのはファーストフードや外食チェーン店の看板、全国どこでも同じですからね。木村拓哉さんが出てるマクドナルドのテレビコマーシャルで「マック見っけ」ってセリフがありますけど、あの「M」のマークも日本中どこででも見かけます、それが安心感にもなるのですけど、認知度は高くても個性的かっていうと、それはちょっと違うかなって思いますね。十分に認知されてるのでその必要が無いのかもしれませんが。(笑)

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街歩きで新しいお店の工事現場に遭遇するのは楽しかったりします。表がまだ出来てなくて中が見えてたりするやつね。カウンターらしきものが見えてたりすると、その高さで立ち飲みなのか、ラーメン屋など座って食べるお店なのか分かりますからね。ってそんなの見ながら歩いてるオジサンはただのヒマ人ですか、そうですか。(笑)

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ま、看板って工事の最後に付けられるのがほとんどだと思うので、何のお店が出来るのか分からない工事現場から、推理するのも街歩きの楽しみかと。なので建築現場の許可票に、お店の名前なんぞが書いてあるとネタバレでがっかりします。(笑)
それとは真逆な、お店が無くなって、賃貸物件って不動産業者の張り紙がしてあるのに、まだ看板だけ残ってるって物件も多いですな。コロナ前に流行ったタピオカドリンク屋も看板だけ残骸のように残ってる貸店舗がまだありますからね、悲しい放置プレイというか借り手が付かないのが丸分かり物件。(笑)

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で、そんな街の自己主張な看板事情、壁面に取り付けるタイプじゃなくて、壁に直接ペイントしてしまっているお店もありますな。専門業者に発注して描いてもらう場合もあるでしょうけど、お店の関係者に絵心のある人がいて、自分でペイントしてしまったんだろうなって思ってしまう、手作り感溢れる看板がなぜか多いような気がします。看板というよりアート作品になってるようなのも見かけます。

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最初から俺が描くぜって意気込みでペイントしたのか、予想以上に工事費用がかさんで、看板代まで手が回らず、背に腹は変えられなくてペイントしたのか、その辺りの事情といいますか内情までは分かりませんけどね、いずれも独特のオーラを放っている感じがしますな。
この場合上手い下手よりも勢い重視といいますか、ウケ狙いといいますか、しっかりこれを見ろ感が一番大切なのかと。そんなこんなで撮ってたものから掲載してみました、どうぞ。(笑)

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