古い物コレクションの行く末。
フーテンの寅さんや探偵の金田一耕助が持っていた革のトランク、若い頃あれのもっと小ぶりなサイズのが欲しくて探しました。
カバン屋では見つからず、まだネットなんて無い時代ですから「ワンダフル・コウベ」って神戸新聞出版センターから出ていた、お店紹介のガイド本を頼りに探し歩いてたどり着いたのが、とあるアンティックショップ。店の表に山積みになっていた革のトランクに狂喜乱舞しましたなぁ。(笑)
お店の中に入ると壁一面に掛け時計やボンボン時計、グラスやコーヒーカップ、蓄音機やタイプライターなどの古いものが所狭しと置かれていましたよ。
それまで骨董屋さんって壺や茶碗が並べてあって、一見さんや知識のない人が入りづらい場所ってイメージだったので、こういう世界もあるのだなと驚くと同時に、そういう空間にすっかり魅了されてしまったのですな。
早い話、そういうレトロなのがカッコイイなと思ったわけで、オジサンも若かったのでね、今時の若い人が昭和レトロに惹かれるのと同じ感覚を持ってたわけですよ。(笑)
で、神戸だけでなく京都東寺の弘法市、北野天満宮の天神市や、大阪の骨董店が集まる老松通りなど、そういうお店を探検しに行ってました。お金は無かったけど行動力だけはありましたから。
そうすると馴染みのお店も出来ますし、若造のアンティックファンの客なんて当時は少なかったからでしょうか、顔を覚えてもらえて、面白い出物があると店に並べる前に見せてくれたりしましたな。
ある日のこと、行きつけのお店で某博物館の学芸員の方と鉢合わせになったことがあって、どうやら江戸時代のガラスの器を買い付けに来てたようでした。
普通なら博物館のガラス越しでしか見ることが出来ない器を、直に見せてもらえたのは貴重な体験でしたな、値段聞いてぶっ飛びましたけどね、当時の年収の1.5倍以上でした。(笑)
そういえば焼き物などの和骨董メインのお店では当時、明治時代に作られたものは時代が若すぎて「明治もの」なんて呼び方をして格下に見てたのですな。
なので旧家で使っていたものを丸ごと全部買い取りなんて場合では、明治、大正、昭和時代の若すぎて値段が付けられないものも混じってます。当然値打ちが無くお店に並べられないので、安い値段で店先の段ボール箱に無造作に放り込まれてたりしたわけで、あの頃のオジサンには掘り出し物というか宝の山でした。何しろ安月給じゃ高いものなんて買えませんからね。
よく見つけてきてたのはガラス雑器に古いパッケージでした。時計やブリキのおもちゃも少しありますけど、圧倒的に多いのがパッケージもの。仕事柄、和洋問わずマークやロゴ、レタリングやデザインに惹かれて集めてましたな。
結婚してからは食器や家具など実用品ばかりになってパッケージ収集は封印、実家の物置にしまい込まれたまま、気付けば30年以上の年月が経ってたわけで。
つい最近タイムカプセルを開けるように、整理と断捨離も兼ねて発掘調査をしました。ま、思ってた以上にいっぱい出てきましたな、当時記録を付けていたノートまでも。
経年変化で劣化が進みすぎたものはさすがに廃棄処分しましたけど、家内に欲しい物だけ選んでもらって、残りはアンティックを扱うお店に持って行きました、その方がこういう物に興味がある方やコレクターの方の所へ行くでしょうからね。
掲載写真は昭和の初め頃からのレトロな化粧品などのパッケージ、未開封のものもあって当時の香りがまだします。ちなみに記事の冒頭で書いた革のトランクは3つ出てきましたよ。(笑)
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