写真のゆくえ。
「写真のゆくえ」なんてタイトルなので、写真表現はこの先どこへ向かうのかだとか、写真を撮るという行為とは一体なんぞやとか、写真への向き合い方だとか、そういう芸術的だったり思想や表現手段のハナシかと思われたかもしれませんけど、全然違います、そういう頭が痛くなりそうな写真の話なんて興味が無いですからね。(笑)
早い話、この歳になりますと、今まで撮った写真は、オジサンが死んじゃった後にどうなるのかって終活方面での「写真のゆくえ」なのですな。ぶっちゃけ量も多いですし、遺品整理で一番迷惑かけそうなシロモノなものでねぇ。(笑)
ま、家族を撮った写真は、残してくれると思うのですよ、問題はオジサンが楽しくて撮り続けてる街の写真。観光案内に使えるような美しい写真は皆無、ゴミが転がる路地だの、風俗の看板だの、放置されてる廃墟だの美しさのかけらもない、街の写真ですからねぇ。こんなの残されても興味のない家内にとっては、どうしようもないと思うのですな。(笑)
結局ゴミになるだけでしょうけど、処分に困らないように、その辺りの事を一筆書いておいたほうがいいかもしれませんなって、多分躊躇なく捨てちゃうと思いますけどね。(泣)
デジタル遺品なんて言葉も、最近良く目にするようになりましたと言うか、そういうのも頭の隅っこに置いておかなければいけないぐらいデジタル機器が生活に深く入り込んで当たり前になっているから、そういう言葉が認知されてきたのだと思いますけど、この場合はネット上の登録情報や、アカウントの類といったパスワードが無いと解除できないものや、友人知人の連絡先などの個人情報系データの取り扱いをどうすんのってのが一番の問題みたいですな。
パソコン内のデータは取り出す必要がなければ、データストレージそのものを物理的に破壊すれば全て消去できますからね。なのでオジサンの場合も、パソコン内にごっそり入ってる写真データは消去してもらえれば、きれいさっぱりサヨナラ。見られて困るようなものはハナから入ってないので、パスワードを教えておけば後はヨロシクやってもらえるかと。(笑)
問題はフィルム、ネガとマウントしたスライドが壁面の本棚にぎっしり箱に入って並んでいます。今の家に引っ越して来たとき、ヒーヒーいいながら運んだものなので思った以上にボリュームがあるのですな。しかもその時からかなり増えてますしね。
家族写真はひとまとめにしてあるので、きっとそれ以外は処分されちゃうと思います、死んじゃった後なのでどういう結末でも未練はないですよ。ゴミ収集車に放り込まれる様子を、あの世から眺めて涙するしか無いですからね。
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