トアロードを上り、メリケンロードへ下る。
神戸って山、街、海が北から順番に横長に広がっている街なので、南北は緩やかな坂道になっているのですな。オジサンが普段ウロウロする元町界隈のJR元町駅東口横にある坂道を「鯉川筋」同じ道ですけど大丸前から海側を「メリケンロード」って呼んでいます。
南端にアメリカ領事館があったのでそういう名前、そのまま海へ向かって信号を渡るとメリケン波止場とメリケンパーク。鯉川筋は鯉川の暗渠の上に作ったのでそう呼ばれてます。そのワンブロック東にある坂道が「トアロード」、内外問わず神戸の坂道で一番認知度が高いかと。(笑)
トアロードって元々1868年の神戸港開港で、西洋からやって来た外国人たちの職場と住宅を繋ぐ生活道路だったのですな。山の手の北野町に住まいを構えて、海沿いの、今は旧居留地と呼ばれている一帯にあった、外国商館などに通勤していたそうで、そのためトアロードは馬車対応の傾斜角だそうです。
で、その人たちが一緒に連れて来た華僑の召使いや料理人たちは、同じ外国人なのに当時の「清国」との通商条約の関係で住めなかったのですな、なのでその西隣に住んでもらったのが今の南京町。
トアロードって名前は実は通称、行政が決めた正式名称ではないのですな。そのため時代によって呼び方が変わりました。オジサンの小さな頃は「トーアロード」って呼んでましたよ。戦時中は「東亜道路」って呼び名だったそうで。
トアって名前の由来は様々あって、昔あった「トアホテルに続く道だから」とか、小高い丘や小さな岩山の意味の英語「トー」、門の意味のドイツ語「トア」、東アジア地域を表す日本語の「東亜」などなど、どれが本当なのか分からないぐらい。いっぱいあり過ぎて、正直もうどうでもイイです。(笑)
オジサンのトアロードの思い出って、何があったかなって思い返すと、学生の頃のデートでデリカテッセンでサンドイッチ食べたとか、東亜食堂の中華粥が美味かったなぐらいかなぁって思ったのですけど、すご〜く重要なの忘れてました。
トアロードを上がって生田新道の交差点のすぐ上に、富士フィルム系のプロラボクリエイトがあったのですな。休日に撮ったリバーサルフィルムを、月曜日に早起きして持って行き、備え付けの封筒に入れて専用ポストに入れておくと、お昼には仕上がります。仕事が終わってからでは間に合わないので、昼休みに坂道ダッシュして受け取りに行ってたのを思い出しましたよ、あの頃は毎週駆け上がってましたな。
職場が離れていたので、昼休みと同時に駅に走って12時7分だったかの電車で元町駅へ、そこからまたトアロードを駆け上がって現像所で受け取り、お昼ご飯も食べなくてはならないので、三宮方面へ走り、高架下の立ち食いそばをかき込んで、三宮駅から電車で職場に戻って来たら12時55分でした。仕上がりが早く見たくて走ってましたけど、おバカでしたなぁ。(笑)
足が悪くなってからは、ゆるい傾斜が結構きついので、今は走るどころか歩くのもヨロヨロ、もう一番上まで上るのはしんどいですけど、以前はトアロードを上って鯉川筋からメリケンロードに下るってのをよくやってました。何があるわけでもないのですけどね、雰囲気が好きなのですな。
住んでると当たり前になっちゃいましたけど、坂の街って上りながら振り返る度に景色が変わるのが魅力かと。街並みの先には海が広がってますしね。昔、高台に住居を構えた外国人たちも海が見えるからこの場所を選んだのかもしれません、海は自分の国と繋がってますからね。
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