震災後24年目の1・17に憶う。
地震発生時刻で止まった、三宮繁華街の時計。
年とともに、色々体の不調が出てきますな、予想もしてなかったところが悪くなったり、当たり前にできていた事が、できなくなったり、時間がかかったりするようになってます、生きてりゃこその、あれやこれや。だけどそんなのと折り合いをつけて生きていくしかないわけで。受け入れて共存するしか手がありませんからね。
自然災害もそう。いつどこで起こるか分からないですし、我が身に災いが降りかかったとしても、逃げも隠れもできません、受け入れるだとかの問題じゃなく、そういう国で生活しているという事をいつも頭の隅っこに置いといて、事が起こったときの備えを万全にしておくしかやれる事は無いでしょうな。
ただ、どんな災害がどれぐらいの規模で起こるかなんて分からないので、どんなに完璧な備えをしたつもりでも、万全にはならないわけで、つくづく人間って自然に対して無力だなと思います。
神戸に住む人にとって、今日はあの地震からちょうど24年目。もう24年も経ったのかって思いますな。
若い人と当時の話をしても、だんだん通じなくなってます。生まれたばかりだったり、小さすぎて記憶に残ってなかったりするわけで。物心ついた頃に覚えているのが、何も無くなった所に建物や家が建ち始めた景色だったなんて言われると、つくづく年月を感じますな。
あの記憶を風化させてはいけないと思いますけど、確実に過去の出来事になって行っているのは感じます。
オジサンとしては、もう起こって欲しくない気持ちと、もしまた起こったらどうするかって気持ちがありますな。こればっかりは仕方がないこと、忘れた頃にちょっと大きな揺れがあったり、いきなり災害警報が鳴り出したりすると、あのときを思い出して、もしやって身構えてしまいますからね。
来るぞ来るぞって言われている南海トラフ地震の事もありますし、昨年大阪で起こった地震の際も結構揺れたので、もしやって身構えましたから。
この24年の間に各地で起こった地震も、住んでる人にとっては、何でこの場所でって気持ちだったと思います。
もうどこで何が起こってもおかしくない国になってしまってますな。
こんな事を言うと怒られちゃうかもしれませんけどね、今年もなにがしかの自然災害は起こると思います、何も無い一年を想像する方が難しいのではないかと思うわけで。
15日に震災をテーマにしたドラマをやってましたな。落ちたJR六甲道駅を復旧させる方々の話でした。
今でも開通後に電車の窓から見た景色は忘れることができません。何でこんな倒れ方をするのか分からないような、横倒しのマンションやビルが転がる光景でした。
官も民も関係なく、元に戻すために前進してきた結果が今の神戸ですけど、24年経った今でも忘れることはできませんな、絶対にね。
こちらも崩れ落ちたJR新長田駅の仮設線路。どこもかしこも仮設だらけでした。
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