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2015年3月21日 (土)

街は生き物

L19083blog

下町、古い市場、路地の酒場や長屋。街歩きをしていて迷い込むのが楽しい場所は数々ありますが、いずれも共通しているのは、人の姿を見かけなくても気配は感じるところ。生活感や温もりみたいなものでしょうか。
再開発でそういう場所がどんどん無くなっていきつつありますが、耐震、防災、バリアフリーで安全安心便利になった新しい街はどこも似たり寄ったりで街の魅力が感じられないのはなぜでしょう。
きれいで便利で無駄が無く機能的なばかりで街歩きを楽しもうという気持ちになれない通り過ぎるだけの場所。不便も無駄も街の味わいだと思っているのですが、そういうのは今時通用しないのでしょうね。
少し前テレビで見たのですが、客の注文を聞いてから豆を挽き一杯一杯、お店のスタッフが淹れてくれるというコーヒーチェーンがアメリカで人気だそうで、そのお店が日本に進出するというドキュメンタリーでした。
私にとって喫茶店とはマスターが目の前で一杯ずつ淹れてくれるのが当たり前、どこでもそうだと思っていたので、何を今更と驚きましたが、アメリカでは機械で淹れるのが当たり前でそういうお店は無かったらしい、そのお店が日本進出、さてどうなるかと見ていたら初日から長い行列で満員御礼、セルフサービスのお店しか行かない若い世代には、かえってそれが新鮮なようで、見ていて何だか違和感を感じました。
街も同じかもしれません、昭和レトロな街並みや商店街が残る場所が街おこしの観光スポットになって人が集まるのも知らない世代には新鮮だからでしょう、リアルタイムに知っている私のような世代には懐かしさしかありませんが、知らない世代の眼にはまるで博物館の展示物のように映っているのかもしれません。
昨年3月、阪急電車の十三駅改札出てすぐの所にある飲み屋街(通称しょんべん横丁)で火事があり渋いお店が何軒か無くなってしまった事件がありました。
再建を目指しているようですが、全く元通りにはならないでしょう。建物は建て直しできるでしょうが、あの雰囲気、たたずまい、猥雑さ、匂いなど長い歴史の積み重ねで染み着いたものまでは再建できないと思うのです。
街も生き物、建物の老朽化や天災、役所の思惑などでどんなにがんばってもいつかは無くなるのは仕方がないことですが、無くなってしまえばそれまで、新しくビルなどになってしまうのがオチ、もう元へは戻れない。
今の建築技術があれば無くなる前にその姿をとどめたまま耐震補強などもできるのかもしれませんが、それも現実味のない話。
結局街からそういう場所が無くなっていく前に写真に撮るしかできないので、せめて写真だけでもその姿を残しておきたいと思いながら街をさまよう訳です。

L22256blog

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