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2019年3月14日 (木)

モノクロ写真を見ていて、ふと思った事。

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フィルムでも、デジタルでも今はカラーとモノクロが選べます。撮るものや、撮りたい気分によってどちらかを選んで撮れますし、デジタルだと後からモノクロにする事も簡単にできますな。つまり表現の手段として、どちらかの選択肢が常にあるわけで、それを特別な事とも思わないし、当たり前に「今日はモノクロで撮ろうかな」なんて感じで写真を撮ってます。
で、思ったのですけどね、カラーフィルムなんて無かった時代の写真家って、当然ながら写真イコールモノクロだったわけで、のちにカラーフィルムが発明される事なんて知らなかったでしょうから、カラー写真の存在自体も想像できなかったのじゃないかと。
モノクロしかなかった時代の写真家の撮った写真を見て、美しさを感じるのは、カラー写真も知っている時代の人間だから、カラー写真には無いものを見つけられたり、感じたりできるからじゃないかなぁと。カラーとモノクロ両方の物差しがあって見るのと、モノクロだけの物差しで見るのとでは、写真の捉え方も変わると思うのですな。
写真に撮ったものは自動的にモノクロだった時代はそれが当たり前だったわけですけど、もしその時代にカラーフィルムがあったら、果たしてどちらを選んだだろうかって、ふと思ったわけで。
オジサンの大好きな写真家に、パリの街を撮り続けたアジェという人がいます。19世紀末から20世紀始めにかけて、大きく様変わりしていくパリの街を淡々と記録した写真家。撮った写真は街の記録写真として買い上げてもらったりしていたそうで、写真家として世の中に知られるようになったのは晩年、マン・レイの弟子だったベレニス・アボットに見出されてからだったという人。
きっと見出されなかったら写真家として名が知られる事も無く、ただ自分の興味で写真を撮り、撮った写真を資料として売って生活していただけの人だったのだと思います。ただその撮られた写真が、本人が意識していたかどうかは分かりませんが素晴らしく、世に知られる事になったわけなのですけど、根底にあるのが街の記録という事で、もしカラーフィルムがこの時代にあったらアジェはモノクロで撮っただろうかって思ったのですな。
今は古いモノクロ写真を、最新のデジタル技術で、色彩を解析して再現してしまうなんてのがありますけど、当時カラーとモノクロの両方の選択肢があったとしたら、写真家は果たしてどちらを選んだだろうかって考えてしまいました。
オジサンが若い時にモノクロをやっていたのは貧乏だったから。学生の身分ですと、写真は撮りたいけどお金が無かったので自動的にモノクロ、100フィート缶巻き直し格安フィルムしか買えないという。リバーサルフィルム箱買いは働き出してからでしたな。(笑)
なので、表現のためにモノクロやってますじゃ無かったですな。もしもカラーもモノクロも同じ値段で楽しめるとしたら、間違いなくカラーで撮ってたと思います。
アジェもモノクロしかなかった時代の他の写真家も、もしカラーフィルムがあったらどっちを選んでいたでしょうね。

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