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2015年5月

2015年5月31日 (日)

ちょうど500話

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今まで書いた記事を調べてみたら、今日のこの記事でちょうど500話。
どうでもいいようなオジサンの駄文雑文でも500話貯まれば枯れ木も山のにぎわいかと。(笑)
世の中の役に立つような、面白くてためになる記事ばかり書ければブログじゃなくて他のことやってるでしょうしね。
写真とカメラとよもやま話といいながら、よもやま話の部分は食べ物や酒場のことばっかりの内容偏りまくりのブログですが、それでも面白がって見に来て下さる方がいるのはありがたいかぎり、感謝であります。
日々記事を書いていると、時々これ前に書いたんじゃないかと不安になることがありますね。検索かけて調べて内容がかぶってないことを確認しています、500話ともなるとさすがに覚えていられませんのでね。
写真はLightroomでキーワードとマークを付けて使用済みかそうじゃないかをすぐ分かるようにしていますが文章はそうはいかないので、私の定番アプリケーション、ファイルメーカーで管理、似たような話をすぐに探せるようにしています。
もう一つ不安になることは、全く何も思いつかず、このまま記事が書けなくなったらどうしようということ。
ただこれに関しては日々書いていれば書けるようになるものだという確信と、500話も書けたのだからこの先も500話は絶対書けるだろうと楽観しています。あと500話書いて全部で1000話になったら、さらにもう1000話は書けるだろうとさらに楽観視(笑)。
ただ500話も書いたのにデータ容量を見るとほんの数MBしかならないのはチョット悲しいところ、テキストデータってこんなモン、記事書きに常用しているポメラDM100の本体メモリすら一杯にならない、まだまだ書かなくてはなりません。
500話の内訳を調べて見たところ、一番多かったのが「写真あれこれ」カテゴリー、その次が僅差で「その他いろいろ」カテゴリー、ぶっちぎりでカメラや写真のことを一番多く書いていると思っていたのでこれはちょっとショック、このままでは「よもやまカメラ」の看板が偽りになってしまいそう。もっとカメラや写真のことを書かねばと反省中。
でもね~カメラの世界がつまらなくなっているんですよね~、デジタルカメラは新製品が出る度に興味が薄れていってるし、現行フィルムカメラは絶滅危惧種だし、トイカメラは論外だし、中古カメラ屋さんは、高く売れるカメラばかり贔屓して魅力がどんどん無くなっているし、ジャンクワゴンはプラスチックカメラばっかりで救出したくなるようなカメラが無いし、輪をかけて家にはカメラの置き場所がもう無いし、このままでは「よもやまカメラ」じゃなくて、「よもや、カメラ?」になってしまいそう。
とはいえまだまだ登場していないカメラはあるし、カメラと写真のことなら書く自信はあるのでがんばりますけどね。
大きなものから小さなものまでカメラと写真の話題を中心に、昭和のオジサンのぼやきも交えつつ続けて参りますので、皆様これからもどうぞよしなにお願いいたします。

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2015年5月30日 (土)

横丁、曲がれば

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国語辞典で、横丁を引くと、表通りから横に入り込んだ町筋とでていた。分かったような、分からないような大雑把な説明である。
この説明からいくと、ほとんどの街は横丁になってしまう。確かに街は表通りと横丁でできているといっても過言ではないので、この説明は十分正しいのではあるが。
私の思う横丁というのは食堂や飲み屋などの小さな店がひしめき合う狭い路地のことである。これは街歩きをしてきて、今まで出会った横丁と名の付く通りが、たいがいそういう場所だったからである。
阪急梅田駅にかっぱ横丁という名の古本屋街があるが、こういう商業ビルの中の横丁という名前の付いている所は、単なる親しみやすさを演出するためのネーミングに横丁という言葉を当てはめているだけなので、私としては横丁とは認めない。
古い歓楽街などの路地で○○名店街などという名前がアーケードの入口に付いた飲屋街に出くわすことがあるが、こういうのは横丁のジャンルに入ると思っている。
情景としては、酔っぱらいの立ち小便の匂いが地面に染みこんでいて、決してきれいではなく、魚を焼く匂いや、串カツを揚げる匂いなんかがその辺りの空気に混じっているような所。仕事を終えてチョット一杯という時に、フラッと足が向くような所。家路につくまでのほんの少しの時間、自分自身をリセットするために過ごすような所という感じである。
どうしても自分自身が酒飲みなので、そういう店の集まる横丁ばかりに目がいってしまうのだが、古い市場でも ○○市場買物横丁とかの名前が付いている所がある。こういう市場はたいてい中の通路が入り組んでいて、いい感じの食堂なんかがあるので好きである。
まず間違いなく安くて旨い。街歩きをしていて、今日はこのぐらいでおしまいという時に、渋い横丁に出くわすと、ついつい寄り道ということになってしまう。
千円札一枚で、何かアテになるものを頼んで、二杯ぐらい飲んでお釣りが来るような、そんな店がひしめき合っているような所で、しばし行ったり来たりしながら店の品定めをするのは楽しい。
よし、と店を決めて入った所が思った以上に居心地が良かったりすると、何かすごく儲けたような気分になって、結局千円札一枚では済まなくなるのだが。

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2015年5月28日 (木)

カメラの扱いについて

カメラを扱い慣れている人は、撮ることが優先なので、いつもカメラを出しっぱなしである。
反対に扱いなれていない人は、カメラを大事にしすぎて、いつも仕舞い込んでいるように見える。
ちょっと撮ったらすぐカバンにガサゴソ、ご丁寧にプチプチで包んで仕舞っている方も見たことがある。専用ケースに仕舞いこんで首から下げている人も多いですな。
これではシャッターチャンスなんて宇宙の彼方に逃げてしまうだろうと思うのですが。カバンの中で過保護にし過ぎて、肝心なときに出てこないのならいったい何のためのカメラなの。
すぐに電源を切る方も見かけるが、これも同じ。シャッターチャンスを逃してしまう原因だ、バッテリーの消耗を気にするのなら、背面の液晶をやたら見ないこと、これのバックライトが一番電気を使う。それでも見たいのなら予備のバッテリーを持っていればいい。
デジタル一眼レフのレンズフードを逆さにしてレンズにすっぽりかぶせたままの方がいるが、何のためにレンズフードがあるのか分かってらっしゃるのかなと思ってしまう。
カメラは写真を撮ってナンボの道具である、もっとドンドン使ってやっていただきたい。
仕舞い込んでる方に限って、カバンごとどこかにぶつけたり、電車のドアに挟んだりしてカメラ壊しちゃうんですよね。

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パチンコ屋の自由の女神の脇を飛行船が横切った、シャッターチャンスはいつ来るか分からない。

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2015年5月26日 (火)

無性に喰いたい2

突然食べたくなって、いてもたってもいられなくなるものを、あ~だこ~だと取り上げるシリーズ(笑)。
まず一番手はチキンラーメン。他にラーメンは山ほどあるのだけれど、コレが何を差し置いてもまず一番。
ただしカップめんは認めません。あれは完全に別のラーメン、名前が一緒なだけ。
どうして袋ラーメンの超定番だったりロングセラーだったりのものが、カップで発売されるとダメになるのか。ホントおいしくないんですよね。余計な具材がかえって味の邪魔をして。今までかたくなに信じてきた味を裏切られるというか。
「なんか、ちゃうな。こんな味や無かったやろ」自分の舌がおかしいのかと、思わず周りに意見を求めてしまう。
「いや、カップのヤツは皆、旨無いで、あれはちゃう麺」
ほぼこういう答えが返ってくる。みんな同じ事を思っているから、間違いなくカップはおいしくない。
で、袋のチキンラーメンである。子供の頃は、鍋焼きうどん用のアルミでできたフタ付き両手鍋が必ずあったので、それで作るか、どんぶりに麺を入れ、熱湯をかけ、お鍋のフタをして待つかのどちらかであった。
とにかくチキンラーメンはひとつの食器で作るのがキホン。緊急の場合など、そのままポリポリかじれば、非常食にも、ビールのつまみにもなるというぐらい完成されているのだ、余計な食器など要らない、つゆがこぼれず、熱湯に耐えられるものなら、なんだってOKだ、キャンプの時なんて飯盒やアルミのカップで作りましたしね。
出来上がりには、刻んだ青ねぎとこしょうタップリめ、モチロン無ければ無いで全然かまわない。完成されているのだ、そのままで充分うまい。
スグ美味しい、スゴク美味しいのキャッチコピーに偽りなし。あ~食いたくなってきた~(笑)

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出来上がったチキンラーメンの写真を載せても良かったのですが、なんか面白いのはないかと探していたら出てきたのが長崎の路面電車「チキンラーメン号」の写真。こちらのほうがこのブログには合ってるかなと。(笑)

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2015年5月24日 (日)

昭和歌謡再発見

職場の同僚の「最近、八代亜紀がエエんですわ」の一言に、移動中の車中は昭和歌謡大盛り上がり、まるで「ロッテ歌のアルバム」状態。
「一週間のご無沙汰でございました、玉置宏でございます。」玉大きいではないですよ、タ・マ・オ・キ(笑)
もうね、あの歌手が良かっただの、この唄い方にしびれただの、あの作詞だ、この作曲だと語ることがあまりにも多すぎて、かっぱえびせん昭和歌謡味、やめられない止まらない。
人類の分類学上「ジャパニーズおじさま」に属する身としては、摂取した昭和歌謡の栄養素たるやメタボも肥満も通り越すぐらい、いっぱい身につけてますんでね、ヒット曲からマイナーな曲、大スターから一曲で消えていった一発屋までぜ~んぶまとめて心の栄養。
最近、若い歌手のカバー曲をFM放送などで聞きますが、総じてどれもヘタクソ。オリジナルを超えるどころか、何だか安易にカバーしてるようにしか聞こえませんな。
周りに止める人、居なかったのでしょうかね。「人の曲カバーしてるヒマがあったら、自分の曲作らんかい」と叱ってあげて欲しかった部分。
時代背景も唄い方も違うので新鮮味というよりは違和感ばかりがなぜか耳につきますな。音楽やってる人をアーチストなんて呼ぶようになって中身の濃さが無くなっていったように思います、なにを芸術してるんでしょう?
昭和歌謡について語っていて、意見の一致を見たのはあの頃の歌謡曲はどれも丁寧に作ってあるということ。
曲も、歌詞も、唄い方も、演奏も全てが丁寧。一つの曲が世に出るのに沢山の人が手間も時間も惜しまず作っているのがスゴクわかりますな。
なに唄ってんだか分からない、歌詞すらまともに聴き取れない今時の曲とはエライ違い。聴けば聴くほど新しい発見があります、もうイントロからして素晴らしい、例えば山口百恵さんの「いい日旅立ち」なんてイントロのトランペットでいきなり泣けますな、このトランペットは数原晋さん、ルパン三世や必殺シリーズのあの音といえばみなさんご存知のはず。
そうそう、ついこのあいだ運転終了したトワイライトエクスプレスの札幌駅到着時の車内放送はこの曲が流れるというのは鉄道ファンには有名なオハナシ。
湯原昌幸さんの「雨のバラード」はしょぼ降る雨の感じをピアノで表現していますし、石原裕次郎さんの「夜霧よ今夜も有難う」の出だしは太い音のテナーサックスが素晴らしい。
曲に物語があったり地名が出てくるのもいいですな、ペドロ&カプリシャスの「ジョニイへの伝言」「五番街のマリーへ」渚ゆう子さんの「京都慕情」などなど。
我が家のiTunes は昭和歌謡もてんこ盛りで入っているので今聴きながら書いてますが、西田佐知子さんの「アカシアの雨がやむとき」や、ザ・ピーナッツも名曲が多いですなぁ。越路吹雪さんや伊東ゆかりさん、藤圭子さん、テレサ・テンさんも好き、奥村チヨさんの「恋の奴隷」なんてタイトルも歌詞も今の時代だとヤバくね?と思ってしまいましたな。
あ~聴きながら書いていると収集つきませんわ、あっ、今ピンキーとキラーズの「恋の季節」がかかりました、「忘れられないのォ~あ~の人が好きよォ~」ってホンマ忘れられない曲が多すぎますわ。(笑)

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イケてる若者の街大阪アメ村の某レコード屋さん、昭和歌謡の似合わない街だとは分かっていますが昭和のシングル盤レコードが悲しい場所に…

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2015年5月23日 (土)

銭湯から健康ランドへ

お風呂屋さんのことを書こうと思って「せんとう」と打って変換したら、変換候補に「戦闘」や「先頭」が真っ先にでてきましたな。
民族紛争やら、宗教紛争などで世界中どこかで「戦闘」が尽きないし、学校でも社会に出ても常に他人や他社との競争で「先頭」に立つことを強いられる世の中なので、こんな言葉が変換候補の先頭に出てくるのかもしれないが、せめて日本語入力ぐらい「銭湯」をまったりと第一候補に変換してくれても良さそうなものだと思ってしまった。
確かに今時は銭湯という言葉自体をあまり使わないし、日常会話にもあまり登場しない言葉ではある。若い人など銭湯よりサウナの方がなじみがあるだろうし銭湯に行ったことのない人もいるのだろうねぇ。
銭湯が日常だったのは私の世代ぐらいが最後かもしれない。小さな頃はアパート住まいで家に風呂がなかったので、近くの銭湯に行っていたし、そのころの父親はいつか風呂のある家に住むのが夢だったようだ。わたし自身は銭湯の熱すぎる風呂が苦手だったのだけれど。
今はどこの家でも風呂は当たり前にあるし、むしろ無い家の方が珍しいぐらいなので、銭湯を毎日の風呂として利用している人は少ないのでは。それでもあえて銭湯に行くのは、広い風呂につかりたいとか、時間を気にしなくていいとか、たっぷりのお湯が使えるとかの、ちょっとゆったりな気分を味わいたいとかだと思う。
最近は、つかの間のリゾート気分を味わえるような豪華な設備が自慢の巨大温泉だとかが街中にできていたり、ホテルが宿泊客以外にも風呂の設備を解放していたり、もはや銭湯という感じではない、一日がかりで遊べるレジャー施設になっている。
たぶんこういった設備の先駆けになったのはいわゆる「健康ランド」などの大型浴場だと思う。
一度行ったことがあるが、子供からお年寄りまで一日中遊べるようになっていた。行ったのは郊外の国道沿いに大きな駐車場を持つビルで、中に入ってお金を払うと後は一日中好きなだけ風呂に入れる。
何回入っても構わないし、風呂もサウナから薬草風呂、電気風呂までたくさんの種類があった。ゲームセンターに、和洋中からお酒のアテまで何でもありのレストラン、あんま椅子から本格的なフィットネス室まで、もちろん囲碁や将棋、トランプにオセロゲームもちゃんと用意してある。浴衣を羽織って自由に出入りできるようになっていて、つまらない遊園地に行くよりも、家族みんなで車で乗り着けてこういうところで一日過ごす方が案外楽しいかもしれないと思ったのでした。

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地元に古くからある銭湯、まだまだ元気で営業中。(2015年秋に廃業しました。)

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2015年5月21日 (木)

恐怖のコピーライター

若い頃、短期間だが大阪のとあるデザイン会社に勤めていた事がある。
某大手家電メーカーの製品に付く取扱説明書の仕事や、今は日本映画に欠かせない性格俳優になった方が所属していた劇団の仕事なんかをやっていた。
社長も含めて5人ほどの小さな事務所で、女社長は夕方になると、お客さんの接待を兼ねて、飲みに出てしまうので、ナンバーツーのコピーライター女史が仕切ることになるのだが、これがイヤでイヤでしょうがなかった。
風貌はマツコ・デラックスもびっくりの信じられないくらいの巨漢で、いつも何か食っていてそのくせ便秘がひどく、それが原因なのか、常にイライラして怒鳴り散らしていた。
標的にされていたのは一年先輩のデザイナー、おとなしい人で決して逆らったりしないのが、かえってイライラさせてしまうらしく、いつもボロクソに怒鳴られていた。
それで収まらないときには私のところに飛び火するので、ヒヤヒヤしながら、状況を横目で見ていた覚えがある。
女社長が昼間からいないときは最悪だった、昼飯は諦めなくてはならない、うかつに昼食などと言おうものなら何を言われるか分からないからだ。
「まだ一人前ちゃうのに、何でメシだけは一人前に食うんや?」
信じてもらえないかもしれないが、これが普通だったのだ。定時はビルの守衛が消灯を知らせに来る午後10時、この時間に帰れればまだマシだった。
今では考えられないことだが、ちっぽけなデザイン会社なんてどこもこんな感じだった。福利厚生なんて宇宙の彼方、残業残業で無理に無理を重ねて働いているのが実情。クリエイティブな仕事をしている(はず)というプライドで頑張っている(つもり)な業界だった。
体や心を壊した人から順番にサヨナラ、何人かの友人もそれで転職や田舎に帰ってしまった。
結局長続きはしなくて、先輩を見捨てて辞めてしまったのである。最近その近くを通ることがあったが、会社どころか、ビルごと無くなっていた。

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阪本の赤まむし、ユンケル、リポビタンにオロナミン徹夜や残業の友でしたな。

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2015年5月19日 (火)

ブログの見え方と見やすさ

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自宅でブログを書こうとメガネを取り出すとケースだけで中身がない。どうやら仕事場に忘れてきたようだ。
嘉門達夫さんの替え歌メドレーの中で「キャラメル拾たら箱だけ~」というのがあったが、まさしくメガネケースだけ、おかげでパソコンの画面がぼやけて見えない。
何とか目を細めて、眉間にシワを寄せつつ書いているが、全くはかどらなくてイライラする。壊れたメガネを引っ張り出してきて、片手で持ちながら書こうとしたが無理。
自分自身が老眼進行中のおかげでこのありさまなので、なるべく自分のブログは見やすく読みやすくを心がけているつもりだが、見る環境によってずいぶん見やすさが変わるということを知った。
まず、iMacのSafariで見ると文字が全部太い。読みにくくはないのだが太いので文字だらけに見える、しかし写真はきれいだ。古いノートPCのレッツノートR3は液晶画面が写真向きではないので諧調がなく表示は汚いが文字は大丈夫。仕事場のWindowsPCでは改行位置が変わって表示されるので見づらい。ipadのSafariとGoogle Chromeでも見え方が同じにならない。
身近な環境ですらこの違いなのだから、アクセスしてくださるすべてのパソコンで違う見え方をしていると考えた方がいいのだろうがどうにも腑に落ちない。
レイアウトや、色使いで少しでも見やすくしていても、見る環境によって見てくれが変わるのは困る、これは何とか統一してもらいたいものだ。

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2015年5月17日 (日)

カメラへの想いとカメラが重い。

私が学生の頃、三大かぶれるものといえばバイク、エレキギター、カメラでした。他の高校では禁止されていたバイクも工業高校だったので、早くから交通法規に慣れておく方が就職に有利だからというので誕生日が近くなると担任の先生から「早よう免許取りに行かんかい」と促されるような学校。免許を取った夏休みは、みんなバイク代を稼ぐのに必死でバイト掛け持ちしてましたな。
エレキギターもかぶれました、というかロックにかぶれたというのが正確かもしれません、男子校だったので学祭に女の子を呼ぶのにバンドは必須アイテム、世羅政則&ツイストのコピーなんかを友人がやってました。
で、私の場合はカメラが一番楽しかったわけで。メカニカルなものが好きなのもあって、入学祝いに買ってもらったキヤノンAE-1と50ミリの標準レンズしか持ってませんでしたが、いろんなものを撮ってましたな。
本格的にのめり込んだのは社会人になって自分の稼いだお金で機材を買えるようになってから。行きつけの写真屋さんに入り浸り、友人とカメラ談義に写真談義の日々。休日は機材担いで早朝から写真を撮りに走り回ってました。
若い頃はいろんな趣味に首を突っ込みましたが、結局残ったのは写真とカメラ、性に合っていたのだと思います、未だに楽しいですからね。
ただ、走り回ってた若造も今はすっかりオジサン、半世紀以上も生きると人間いろんなところにガタがきます。特に最近はカメラが重く感じるようになってきて、持ち出し機材も厳選しなくてはイケマセン。
カメラへの想いは変わりませんが、カメラが重いのはこたえるようになってきて、それでも写真が撮りたいという、体力が無くなった分ワガママになってしまったオジサンのお眼鏡に適うカメラはいったいどこにと探してみても、デジタルカメラは新製品が出る度に、なんだか写真機と違うものになっていっているように感じて、どんどん興味が薄れていっている有様。
フツーに「カメラ」でいいんですけどね、出してくれませんな。
常々思っているのですが、一眼レフはオートフォーカスになってからレンズがデカく重くなりました。明るい大口径レンズなんて昔の中判一眼レフの交換レンズと見間違うぐらい。ズームレンズも大柄。オートフォーカスの仕組みやらいろんなモノを組み込まなくてはならないのでそうなったのでしょうが、あのデカさが当たり前になっているのが腹立たしいわけで。
メインで使っているEOS 5D MarkIIもLレンズを付けるとデカくて結構重量級、それだけ持って出るのならまだしも、フィルムカメラも併用したいとなると最近は持ち出しを考え込んでしまいますな。
で、結局父親から借りっぱなしのEOS Kiss X7にパンケーキレンズという最小最軽量の組み合わせが最近はメインの座を脅かしておりますよ。(笑)
サクサク撮り歩けないと意味ないですからね。画質や画素数も自分の撮る写真にはもう十分、何の不満もありません。デカい重いデータなんてパソコンに負担をかけるだけ、ある意味ハードディスクの肥やし。
原点回帰といいましょうか、デカい重いズームレンズを止めるのもなかなかいいですな。安易にズームして撮ってしまうより小振りで軽い単焦点レンズを付けて近づいたり離れたり、自分の足で稼ぐというか、写真を撮る。
確実に写真が楽しくなりますな、カメラへの想いが深まりカメラは軽くなりますね。
この先々を考えると、体力も気力もどんどん劣化していくことは間違いないので、劣化具合に合わせたカメラをチョイスしなくてはなりません、最後はカメラを持つ力も無くなって、メモリーカード片手に念写で写真撮ってるかもしれませんな。(笑)

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2015年5月16日 (土)

おもしろ物体発見3 ヒーローだ!

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子供の頃に熱中したアニメやドラマのヒーローに街歩きで出くわすと嬉しくなりますね。
それで街興しをしているところもいっぱいありますし。神戸だと長田の鉄人28号。実物大のを建てちゃったところが良いわけで。このブログの写真にもたびたび登場していただいておりますよ。近いのですぐに撮りに行けますし。
そういえばどこだったか忘れましたが実物大のガンダムもありましたね、ガンダム世代ではないので興味が沸かないのですが。
今回はそんなこんなで街で見かけたヒーローをご披露。(笑)

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以前、浅草からてくてく街歩きをしていたとき、いきなり仮面ライダーと出くわしたことがありました、何で?と思ったらバンダイのビル、扱っているキャラクターがビルのまわりに一杯立っていて、嬉しくなって撮りまくったことがありました。
いきなり出くわすヒーローというのは思わず撮ってしまいますね。函館で見かけた月光仮面もそう、高知の商店街でウルトラマンの顔だけど~んと壁に張り付いていたのも笑いました。もう撮らずにいられない。(笑)

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いつだったか、ヨドバシカメラのショーウインドーに鉄腕アトムがディスプレイされていたのを発見、コレは撮っておかなくてはと、いろんなアングルでバシャバシャ撮っていたら警備員が飛んできましたな。
ケータイやコンパクトカメラで撮るぐらいなら何も言われないのでしょうが、ごつい一眼レフ両肩にしょって、あ~だこ~だと構図を変えながらバカみたいに撮っていたので目立ったのでしょう。おかげでその日のメモリーカードは鉄腕アトムで一杯。(笑)

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街で見かけるヒーローでも団体のモノは一度も見かけたことがありませんね、何とかレンジャーとか。人数分作るのに手間がかかるからでしょうか見かけるのはいつも単独のヒーローばかり、どこかにいるのかもしれませんがまだお目にかかったことがない。
そうそう、ヒーローはいるのにその相手の悪役もほとんど見かけませんね、今まで見かけたのはバルタン星人ぐらいでした。
やっぱり悪い怪獣や怪人が街に立っているのはイケナイということなのでしょう、自治体からクレーム付きそうですしね。(笑)

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2015年5月14日 (木)

パソコン離れか棲み分けか

パソコンが普及する前は、ワープロ専用機が幅を利かせてました。家電メーカーはこぞって出していましたね。私が最初に使ったのもコレ、新しもの好きの父親が買ってきたものだったのですが、キーボードにたった5行ぐらいしか表示できない小さな液晶が付いたものでした。
その後自分用に買ったもので写真クラブの会報なんかを作ってましたが、打った文章がきれいな活字でプリントできるのがうれしくて、やたらいろいろ打ってました。
その後、パソコンへと変わっていくのですが、その頃パソコンを買う理由というかトレンドというのはワープロと表計算。このソフトを使いこなせるのがパソコンを使える人という位置づけだったように思います。
パソコン教室もソフトの使い方を教えるのがほとんどで、一太郎やロータス1ー2ー3教室だったような。ワープロも考えながら直接打つのではなく、手書きしたものを清書するのに使っていたような時代、年賀状をパソコンで作るのも流行りました。
その次のトレンドはパソコンでメールとインターネット。当然パソコン教室もアウトルックやインターネットエクスプローラーの使い方を教えるのが主流に。各社インターネットが簡単に出来るのがうたい文句のパソコンを出してました。ノートパソコンが幅を利かせてきたのもこの頃だったと思います。パソコンの性能も高くなって、グラフィックソフトなんかも当たり前になりましたね。
で、今まわりを見回すと、その頃パソコンでやっていたことはほとんどスマホやタブレットで出来るようになってしまいました。
要するにパソコンいらない、というかスマホやタブレットがすでに小さなコンピューターになってしまっているわけで。
我が家でも家人はパソコンをぜんぜん使わなくなってipadを使い倒しています。見ているとメールも調べ物も、買い物や予約も全部ipadで完結、さっと取り出してすぐ使えるのがいいようで、わざわざパソコンを立ち上げる必要がどんどん無くなってしまっています。
この場合完全にパソコン離れ、ipadの方が自分の使い道に合っている人。
で、私の場合は今のところ両刀使いですが、どちらかに統一できるかといえば現状ではまだちょっと無理かなと。
データの閲覧にはスマホやタブレットは向いていると思いますが、重たい作業にはまだまだパソコンが必要なわけで、いい形で棲み分けは出来ているのかなと思っています。

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2015年5月12日 (火)

幸せなワンちゃん

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毎朝、駅まで歩く途中のコンビニの前で見かけるおじさんとワンちゃん。
いつも植木鉢の受け皿に使う白いプラスチックのお皿に入れてもらった缶コーヒーをおじさんとしゃがんで並んで飲んでいた。多分朝の散歩の後の楽しみなのだろう、ほぼ毎日見かけた。
ワンちゃんはかなりの老犬で、後ろ足が不自由らしく、少し歩きづらそうだったが、おじさんはワンちゃんのスピードに合わせていつもゆっくりゆっくり歩いていた。
あるときからそのワンちゃんの散歩が、車椅子での散歩に変わった。もう足腰が立たなくなってしまったのだろうと思うが、買い物用手押し車から荷物を入れるカゴを取り払い、代わりに座布団を敷いた、見るからにおじさん手作りの車椅子に下半身だけを乗せて、前足だけでちょこちょこ歩きながら散歩をしていた。そしていつものようにコンビニで並んでモーニングコーヒー。何だかほほえましい光景だった。
その後しばらくして、おじさんだけが散歩する姿しか見かけなくなったので、たぶんワンちゃんは死んでしまったのだろうと思うが、車椅子まで作ってもらって、毎日散歩とモーニングコーヒーを楽しめたのだから、たぶんきっと、幸せな一生だったろうと思う。

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2015年5月10日 (日)

ミノルタオートコードを忘れていたがな

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もう間違いなく、絶対記事に書いていると思いこんでいたのに、実はまだ取り上げていなかった二眼レフ、ミノルタオートコード。
思いこみって恐ろしいですな、こんな名カメラを忘れているなんて完全に片手落ち。というわけで、今回はこのカメラについていろいろと。
日本のカメラ史の中で、二眼レフブームを作ったといっても過言ではない名カメラにリコーフレックスがあります、カメラがまだ高かった頃、庶民にも手が届く低価格と写りの良さで一世を風靡したカメラでしたが、その分作りはチープ、板金ボディーに高級感はないし、操作感も良いとはいえないカメラでした。いろんなところをコストダウンしてあの価格を実現したのだから仕方ないのですが、これもある意味名カメラ。
ミノルタオートコードはその対局にあるカメラで国産二眼レフの最高峰といってもいい作りの良さと写りの良さが評判で、製造終了後惜しむ声にこたえて100台追加再生産したという逸話も残っているぐらい。

L28530blog 鹿児島の歓楽街で遭遇したサイのオブジェ。なんでサイ?という違和感が面白かったのでパチリ。

このカメラの素晴らしさについては、ネットで検索すると良いことばかり出てきますな。以前取り上げたミノルタコードから引き継がれたクランク巻き上げや、通称「腹切り」と呼ばれた左右にスライドさせる振り子式ピントレバーの使いやすさで右手だけで操作できるし、フレネルレンズの入った明るいファインダーはとても見やすい。テイクレンズの上にシャッタースピードと絞りの表示が出るのも使い易いのですが、老眼オジサンにはちょっと字が小さいかなと。
名玉ロッコールレンズは当時ローライを凌ぐという評価をする人も居たようですが、ローライなんて使ったことがないので分かりません、分かりたくもないですが。(笑)
ネットを見ていると、このカメラの粗探しをして、あ~だこ~だと書いている方もいるようですが、逆にいえばそれだけ出来のいいカメラだったということの証なわけで。
使ってみれば分かるのですが、すっと構えてピタリと止まる感じというのでしょうか、なんだかすごく撮り歩くときのリズムがいい。スペック云々より実際に使ったときの操作感といいましょうか、使い勝手の良さでファンを増やしてしまう不思議さ。
で、写りはどうなのかというとこれも裏切らないから、ますますファンになってしまうというある意味イケナイカメラ。

L30218blog 大阪の歓楽街北新地で見つけたビル、ちょとおしゃれな入口がかっこよかったので。

そんなこんなで二眼レフファンには不動の人気機種なので中古価格もチョイトお高め、美品は特にいい値段が付いていますが押さえておきたい一台。
2年ほど前、大阪のいつもの巡回コースの中古カメラ屋さんで超美品を見かけました、どう見てもコレクターの放出品、アクセサリー類もずらりそろっていて、専用のPLフィルターというのを初めて知りました。
こんな上物はそうそうお目にかかれないので、ガラスケースに顔をくっつけて舐め回すように見ておりましたが、お値段がかなり高めだったのと、すでに一台持っていたこともあって、あきらめて他の店を回ったのですが、やっぱり気になって戻ってみるとすでに売れてました。
あの高い値段でも瞬殺で売れてしまったということは血眼になって探している人が世の中にはいるわけで。
そうそう以前このカメラを首から提げてヨドバシのカメラフロアの雑誌コーナーで立ち読みをしていたとき、横に立っていた30代ぐらいの人がジ~っとカメラをにらみつけているので気持ち悪くなって場所を移動したのですが、くっついてくる。
ますます気持ち悪くなったのですが、身なりはちゃんとしているので変な人では無かろうとこちらから「このカメラですか?」と声をかけたところ、どうやらネットオークションでカスを掴んでしまったらしく、中古カメラ屋さんで実物を見て買おうと探しているが良いものが見つからないとのこと。そこにきれいなミノルタオートコードをぶら下げたおじさんが目の前に現れたので、声をかけようか迷いながらくっついてきたらしい。
ま、こういう若い人にフィルムカメラをどんどん使ってもらわないとフィルムも無くなってしまいかねないので、「神戸のお店で見つけたんですョ」と、まだショーウインドーに2台並んでいるのを確認済みのお店を教えてあげましたが、お礼を言うと速攻いなくなったのでたぶんそのお店に突っ走ったのでしょう。2週間ぐらいしてそのお店に行ったところ1台しか無かったので間違いないかと。(笑)
お金に糸目を付けなければ今でもどこでも買えるローライフレックスよりある意味カメラオーラ溢れまくりの珠玉の一台といえるミノルタオートコード、国産二眼レフファンには絶対おすすめの逸品です。

L30215blog 同じく北新地。土佐の寿司屋さんの看板招き猫、夕方だったが明るいファインダーでピント合わせはしやすかった。

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2015年5月 9日 (土)

サンニッパだった頃

300ミリ F2.8という望遠レンズ、通称「サンニッパ」。
普通ならスポーツ写真のプロカメラマンなどが使うレンズなのだが、アイドルのグラビア写真や風景、鉄道写真に使うのが流行した時代があった。
開放F値が2.8ということでレンズは大きく重く値段もけた外れに高かった。前玉は赤ちゃんの顔ぐらい大きく、モータードライブ付き一眼レフを付けてもレンズの方が目立ってしまってカメラが小さく見えたものである。
絞り開放で撮ると、ピントの合う奥行きはほんのわずか、まさに紙一枚ぐらい、シビアなピント合わせを要求される意味でも使いこなしの難しいレンズだった。
当時はアイドル全盛時代、グラビア雑誌のポートレイトにこのレンズで撮った写真があふれかえっていて、同じような写真が撮りたいカメラ小僧にも人気のレンズだった。ポートレイトを撮ると背景はボケボケで人物だけが浮き上がるように撮れるのが魅力だったのである。
あのころデパートの屋上で開催されていた新人アイドルのイベントにはこのレンズを持ったカメラ小僧がズラリ並んでいたものである。場所取りに置いていた機材を盗まれたりの話も多くあった。
売れるとなるとレンズメーカーもカメラメーカー純正品よりも安い価格でこぞって出してきて、サンニッパを持つのはカメラ小僧のステータスだった時代。今考えると何十万もする高額レンズを高校生や大学生が持っていたのが不思議であった。
私はこのレンズを持っていなかったが、友人の鉄チャンと一緒に撮影に出かけると貸してくれたので、入り浸っていた写真屋さんの撮影会などで何度か使ったことがある。
お店に来るお客さんにもっとフィルムを使ってもらおうということで、特に年輩のお客さん相手にポートレイト撮影会と称してイベントをやっていた。撮影指導は店の主人と鉄チャンの友人、もう一人の友人はモデル調達係、ガールフレンドの友人やそのまた友達などをかき集めてくるのが得意だったヤツである。私は広報担当、会報誌を作ったりしていた。懐かしい思い出である。
その撮影会でサンニッパを貸してもらっていたのであるが、300ミリである、モデルから相当離れてもファインダーを覗くと顔のアップで画面いっぱい。
「笑顔下さ~い」とモデルに指示を出すのにも大声で叫ばなくてはならないわ、レンズは重たいわ、ピント合わせはシビアだわで重労働。
でも撮れた写真はグラビア雑誌のポートレイトのようにきれいだったのを覚えている。
すごいレンズだと思ったが、撮った写真を見返してこのレンズを使えば誰でも同じように撮れることに気がついてしまってから、サンニッパを借りることはなくなってしまった。
やはりポートレイト向きのレンズではないなというのが使ってみての結論。その後ブームが過ぎると中古カメラ屋さんのショーウインドーに大量に並んでいたのを見かけた。

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実物は持ってないのでミニチュアで感じだけでもどうぞ(笑)

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2015年5月 7日 (木)

スローなメシにしてくれ

ファーストフード言うたら簡便な食事とか、カラダに良おない食べもんとかマイナスイメージが強いですわな。
こんなもんを食うてると早よ死ぬからファーストフードという意味もあるそうですわと前にも書きましたし。
そんなろくでもない食べもんの正反対がスローフードちゅうもんらしいですわ。
調べてみると、スローフードとは、ローマにマクドがでけたときにイタリアの食文化がファーストフードに食いつぶされてしまうがなと、ビビッた人らが始めた運動がきっかけらしいです。
定義は大雑把に言うと、
1.伝統的なちゃんとしたメシ食うて、
2.そんための食材もちゃんと作って、
3.そういうエエ事してんのを子ぉらに教育することやそうです。
さよか。エエ事してるのは分かるけんど、何か引っかかるモンがありますなぁ。
伝統的なちゃんとしたメシでっか?普通メシってちゃんとしてんのが当たり前ちゃいますのん?わざわざスローフードなんて言い方で分かりにくうせんかてよろしいやん。
フツーのごはんでしょ?なんでも横文字にしたらエエちゅうもんやおまへんで。ホンマ余計なお世話ですわ。
あ!分かった、作んのに時間掛かるからスローフード?ついでに、作ってもらうときも片岡義男風に「スローなメシにしてくれ」
えっ、オモロ無い?ははは。あきまへんか。

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オモロ無さに五目そばもずり落ちてしまいました。(笑)

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2015年5月 5日 (火)

カタチは好きだけど…マミヤ35Ⅲ型

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マミヤのカメラは好きなので何台か持っているが、ダントツで出場率の高いのはマミヤスケッチ。35ミリフィルムでましかく写真が撮れるというのが気に入ってこればっかりという感じで使っている。
その次がスプリングカメラのマミヤ6、質実剛健な中判ましかくカメラ。
どうもマミヤというとましかくの印象が強くて、二台持っている35ミリレンジファインダーカメラはなぜか出場率が低くて他のメーカーのものばかり使ってしまう。
このまま埋もれてしまってはイケナイと今回はそのうちの一台マミヤ35Ⅲ型を取り上げることにした。
ジャンクカメラを探してきて修理するのにのめり込んでいた頃、カタチが気に入って中古カメラ屋さんのジャンクワゴンから救出してきたカメラなのだが、巻き戻しのRボタンがグラグラ、トップカバーを開けてジャンクワゴン送りになったわけが分かった。
ボタン基部の部品が肉厚の薄いトップカバーにカシメて取り付けられているのだが強度不足ではずれてしまっていたのである。もう一度カシメ直すことも出来ずそのまま修理不可能でジャンク送りになったようだ。
これは何とかしなくてはイケマセン。
プロの修理屋さんならやってはイケナイことも、素人だからお構いなしに出来ることも世の中にはあるとばかり、エポキシ系接着剤でくっつけてしまうという神をも恐れぬというか、修理屋さんに石をブツケられそうな方法で直してしまった。
このままお亡くなりになるよりも少しでも延命措置を施そうという「ちゃんと動いたらこっちのモン」な荒療治。
とりあえず直りましたよマミヤ35Ⅲ型。レンズ根本のブロンズ色のピントリングがかっこいいカメラ。
で、さっそく試し撮りに持ち出したのだが…、このカメラが発売された当時よく搭載されていたライトバリュー式のシャッターが使いにくい、露出計で測ってマニュアルで撮るものにとっては、よけいなお世話な機能、そういう時代のカメラだからと割り切って撮り歩いたが、ファインダーもブライトフレームが小さくて見やすいとは言えないし、シャッターの感触もぱっとしない、なんだか撮っている感が薄いカメラ。
カタチは好みなので撮っていてチョット残念な印象。
結局他のカメラばかり使うようになってそのままお蔵入り。カタチはかっこいいので見えるところに飾ってはいるのだが…。

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近所の神社で撮ってみたもの。写りは全然悪くはないのだが…

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2015年5月 3日 (日)

電車の中で人間ウォッチング

朝の通勤電車というのは、大体いつも決まった時間に来る電車に乗りますな。乗る車両もドアの位置もいつも同じ、私だけでなく電車で通勤されている方は皆さん同じような感じではないでしょうか。
「7時43分の普通電車、西口階段上がったとこに着く車両の一番後ろのドア」みたいな。
当然の事ながらいつも乗っている顔ぶれがほぼ一緒という事になりますな。
「喫茶店の思い出9」でも書きましたが、顔以外は名前も住んでいる所も勤め先も知らない同士が一日のわずかな時間を電車の中という空間でいつも一緒に居るという、都会ならではの不思議な関係が出来上がっているのが面白いと思うのですよ。
すると、何となくその空間を客観的に観察してしまうわけで。運良く座れたら寝てしまったり、本を読んだりしますが、そんなラッキーは滅多にないのでたいていはドアにもたれたり、吊り輪に掴まったりしながら見るとはなしに周りの人を人間ウォッチング。これが結構面白かったりするわけですな。
身なりはビシッとスーツ姿で、いかにも出来るサラリーマンにしか見えないのに持っているリュックはAKB48のカンバッジでびっしりなアイドルオタク系とか、一人でぶつぶつ言って勝手にウンウンとうなずいている一人芝居系おっちゃんとか、吊り輪に掴まったまま片手だけで毎朝菓子パンを3駅通過する間に2個食べてしまう早朝早食い青年とか、10秒に一回必ず首をコキコキさせるメトロノームおばさんとか、自分ではイケてると思っているのだろうがその着崩し方が微妙を通り越して直視できない域に達している偽ファッションリーダーとか、実に面白い人で一杯。(笑)
その中でも特に目を引くキャラの人には心の中で勝手にニックネームを付けておりますよ。「新長田の顔だけマツコ・デラックス」とか「元町の伊東美咲Lサイズ」とか。
こうして眺めていると、電車通勤も結構面白くて退屈しないものですな。

L21423blog
カメラ片手のときは、ぶらりマネキンウォッチング。これも個性があって面白い。

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2015年5月 2日 (土)

惜しむのは分かるけど

老舗の名店が閉店するとか、由緒ある名建築が老朽化で取り壊しとかになるとニュースで取り上げられたりしますね。
歴史ある建築物だと保存のための市民運動が起こったりしたものもありましたが、それで残る率は低いようで、結局無くなってしまいました。
県や市の持ち物だと何とかなる率は高いようですが、個人や会社の持ち物だったりすると、耐震補強工事などを考えると莫大な費用がかかるわけで、とてもじゃないけど出来っこないのが実状なのだと思います。
今では再現不可能な装飾を施した明治、大正時代の名建築はそれだけで街のランドマークなので何とか残って欲しいという気持ちはありますが、人間でいえばかなりの高齢なわけで、先々建物として利用するにはなかなか難しいのだと思います。
写真を撮って資料として残すことは出来ても、建物は無くなることで街の景観が変わってしまうという側面があります、取り壊した跡地がコインパーキングなんかになってしまうとなんだか街自体が寂れたようで悲しいものがありますね。
お店も時代の流れに乗れなかったり、収益があがらず撤退したり、やっている人の高齢化で閉店してしまったり。
大好きな元町商店街でも、古いところでは丸善、ここ数年では明治屋、海文堂書店、喫茶ウイーン、よく中古カメラを見に行っていたミモザカメラは建物老朽化で無くなってしまいました。
商店街以外の元町界隈では八島食堂、東側の丸玉食堂ももうありません。長年通っていたお店が無くなるのは悲しいものがありますが、こればっかりはどうしようもない。
閉店、撤退のニュースが流れると「惜しい」「残念」の声があがったり、急にお客さんが増えたりしますが、それもなんだかなぁ。
「惜しむのなら普段から行ったらんかいや」と思ってしまいますね。お客さんが来ないからやめてしまうわけで。お店の人の高齢化で閉店するのとは違うように思います。
無くなった後に入るのは、コンビニやドラッグストア、安売りチェーン店や携帯電話屋がもはや定番というのも悲しい。便利なのはいいけど街の個性がどんどん無くなるようで、どこも同じ街のたたずまい。
このまま行けば街を楽しめなくなって引きこもりになりそうと、街歩きをしながらふと思ったのでした。

L00203blog

L00202blog
1934年(昭和9年)に建てられた旧住友銀行神戸支店ビル。鯉川筋を挟んで、大丸の斜め海側にあった立派なビルだったが、昨年取り壊されてしまった。掲載写真は1988年に撮ったもの。

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