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2014年12月 6日 (土)

好きな写真家4 ブラッサイ

夜景の写真で有名な写真家にブラッサイ(Brassai 1899〜1984)がいる、私の好きな写真家の一人で、名前は知らなくても写真は誰でも一度は見たことがあると思う、絵葉書などにもなって書店でも売られている。
ブラッサイは1924年からパリに住み、モンパルナスの生活に魅せられて写真を撮るようになったのだという。
特に夜のパリの美しさにとりつかれ、半年ぐらい昼と夜が逆転した生活を送りながらパリを撮り歩いて1933年最初の写真集「夜のパリ(Paris de Nuit)」を出した。
フラッシュを使わず、月あかりや街のイルミネーションの輝きだけで撮影された写真は、長時間シャッターを開けっ放しにするため、独特の光の回り込みがあって美しい。
たばこを一本吸ってカメラの露光時間を調節したりと、当時のカメラならではの撮影スタイルや苦労があったようだが、撮られた写真は時代を超えてパリの夜の景色である。
モノクロームの写真だが、そこには人工光の明るさと闇が同居して、明るいながらも何か退廃的な景色である。
モノクロームであれカラーであれ闇の色は黒一色であることに変わりはない。
人工の光は全体を照らす太陽の光とは違う。部分しか照らすことはできない。部分を照らす光はそれをいくらたくさん集めてきても所詮太陽のように全体を照らすことはできないのである。そしてその横は真っ暗闇。
街のイルミネーションがにぎやかであればあるほど闇の部分が強調される。コントラストである。
人間は闇を恐れ、灯りのない生活などできない動物である、人工の光は人類の最大の発明品かもしれない。街角の街灯、歓楽街のイルミネーション、灯りがあればほっとする、それが部分的であっても。
阪神淡路大震災の直後、スクーターで真っ暗闇の道を走りながら純粋に怖いと思ったこと、遠くにともる灯りを頼りに走ったことを思い出す。
映画の中でも人工の光と闇をうまく使って演出しているものが好きである。
リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」の闇に浮かぶ近未来都市、「ブラックレイン」ででてくる大阪ミナミの空からの夜景、テレビの時代劇「必殺仕事人」シリーズも光と闇のコントラストがきれいでよく見ていた。
中学生の頃よく読んだ松本零士の漫画、ビアズレーのイラストレーション、ベレニス・アボットのマンハッタンの夜景の写真。知らず知らずのうちに光と闇の持つコントラストのイメージを自分の中に取り込んでいたわけだ。
学生の頃、友人と六甲山にドライブに行ったことがある。山頂から見る神戸の夜景は「100万ドルの夜景」と称され、確かにきれいだったが、これも後ろに夜の海と空の大きな闇があるから成り立つ景色である、昼間に見てもただの都市の俯瞰でしかない。夜だけの束の間の宝石。美しいが手元に置いておくには写真に撮るしかない。
ブラッサイも女友達から借りたアマチュア用のカメラで写真を撮ったのがきっかけで写真をはじめ、パリの夜景の美しさを写真に残した。
純粋に美しいと思った景色をリアルに記録するのが写真と関わるきっかけだったようである。
夜景を撮るとき、気分はブラッサイになって歩きまわるのが楽しい。寒空の下、多くのカットは撮れないが、なぜだか終わった後はとても充実している。

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コメント

こんばんは。

数年前までブラッサイの事は知らなかったのですが、まとめて購入した1950年代のアサヒカメラによく取り上げられており(夜のパリ)、その素晴らしい写真を見て感動しました。同時にカメラの進化とは一体何だろう?と考えさせられた写真家でもありました。

投稿: 想桜 | 2014年12月 6日 (土) 21時15分

想桜様、おはようございます。
私か好きになる写真家はどういうわけか、フランス人もしくはフランスで主に活動していた写真家が多く、アジェ、ブレッソン、ドアノー、ブラッサイは心の師匠です(笑)私も資料を調べたところ、たしかに1950年代のアサヒカメラによく出てきますねもう一度見返しています。

投稿: よもかめ亭主 | 2014年12月 7日 (日) 10時19分

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