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2014年4月

2014年4月29日 (火)

楽しい看板探偵団

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街歩きは看板との出会いだといってもいい。とにかくありとあらゆる看板が、背おわされたメッセージを発しながら、これでもかと立ち並ぶ。ウルサイぐらい饒舌に今を語るものもあれば、その役目を終えたにもかかわらず、置き去りにされたままのものもある。
特に看板にだけ注意をしながら、街歩きをしているわけではないのだが、こちらのアンテナにピピっとくるような素敵な看板に出会うと思わずカメラを向けてしまうのだ。
この感覚は私だけではない、街を撮る写真家はたくさんいるが、その人たちの写真集などを見ると、明らかに看板に注目して撮影したと思われる写真が数多く見られる。
ひょっとすると撮影するときはあまり気がついていなくて、仕上がった写真を見て始めて、おもいのほか看板が自己主張していることに気がつくのかも知れない。
撮影中、街の景と一体化し、ファインダー越しに見ている看板の印象と、それが一枚の平面という写真になって仕上がってきて客観的に見るときとでは違う印象を感じるときがある、この感覚は看板の写真に限ったことではないのだが。
看板というのは何か引きつける魅力なあるものなのかも知れない、確かに通行人を引きつけるという役目が一番にあるので当たり前のことなのだが、そういう正当な魅力とは違って、デザインの魅力で看板にひかれるというのも看板に対するひとつのアプローチだと思う。
デザインだけでなくその内容に魅力を感じる場合もあるだろう。たとえば古い写真の片隅に偶然写り込んだ看板がその時代背景を語る場合などである。
近代史などの歴史を研究している人には古い写真はその時代を証言する貴重な資料だし、その中に写り込む看板は大きな手がかりになるだろうと思う。
日本の写真家の中で、街の写真を一番素晴らしく撮る人だと私が勝手に思っている桑原甲子雄氏の写真集「東京昭和十一年」(晶文社刊)を見ると看板がいかに街を彩り、時代を写す重要なアイテムであるかがよく分かる。
演芸場の前には大きく「我らの笑王エノケン」の文字が踊り、食堂にはラーメンではなく「支那ソバ」という具合に、戦前の日本の様子が看板の文字から読みとれる。
この時代を生きてきた人ならこれらを見て懐かしさを感じるのかも知れないが、私のように全く知らないものには写真に写り込んだ看板の発するメッセージにかえって新鮮さとメディアとしての役割の大きさを感じ驚いてしまう、テレビなど無かった時代、街の看板は大衆に物事を知らしめる重要なものだったのだろう。
看板が重要なアイテムとして登場してくる映画を思い出した。「ブレードランナー」である。近未来が舞台のSF映画なのだが、もはや民族や人種の壁が崩壊してしまった退廃的で混沌とした未来都市を演出するのに企業の電飾看板が使われていた。
「コカコーラ」はお約束として、ゲイシャガールが口に薬を放り込む「強力わかもと」の不気味な看板、最後のビル屋上での決闘シーンを照らし出す「TDK」の光る看板文字。
この映画で設定されている未来にこれらの企業が残っているかどうかはわからないが、実際の企業の看板があるおかげでこの映画のリアリティーが一気に増したと感じた。
この映画の舞台設定を大好きな工業デザイナー、シド・ミード氏が担当したこともあって、映画のストーリーよりも未来都市のディテールに興味を持って何度も見た覚えがある。
そういえば映画「バック トゥ ザ ヒューチャー」の何作目だったが忘れたが未来編のものにも看板がでてきていた。確か立体映像を使った飛び出す看板だったと思う。未来にはこのような看板も現実に登場するのかもしれない。

L17299blog そういう業種だとはいえ、すべてタイルで出来た看板はスゴイ、これはもはや芸術。

看板のリアリティーということでもうひとつ。博物館なんかによく置いてある「昔の暮らし」を再現したジオラマなどにでてくる看板も、きちんと作り込んであるところほど内容もしっかりしているような気がする。
どうせ子供しか見に来ないだろうと、いい加減な作り方や、安っぽいマネキン(なぜか外人マネキンだったりする)に当時の格好をさせて展示してあるところはそれなりの内容だ。時代を再現するのに看板をないがしろにしているとリアリティーは生まれない、時代を写す重要なアイテムなのである。
私は看板を写真に撮るが、看板をコレクションしている人もいるそうだ。「えっ、あんな大きなものを」と驚くかも知れないがそうではない、以前はよく商店や民家の壁にぶら下がっていた、小さなブリキやホーロー製の看板である。
「オロナミンC」や「ボンカレー」、「ニッケ学生服」などのアレである。メーカーが販促物として配ったものだろうが、古いものを集めるのが好きなので何枚か実物を持っている。
レタリングの文字やデザインにひかれて行きつけの骨董品屋さんで買ったもので、決して勝手にひっぺがしてきたものではない。
これらを何十枚も収集しているコレクターの気持ちには共感する部分があるが、それよりすごいのは鉄道マニアだ。廃駅の看板や行き先案内板、時刻表など信じられないようなものまで収集する情熱には感心してしまう。
集めて部屋に飾っておけるような看板ならまだいいが、大きな看板などは、やはり写真に撮るしか方法はないだろう。
街を歩いて写真を撮る、写り込んだ看板は、その写真が5年10年と時を経たときに、リアリティーを持ってその時をよみがえらせる証言者となる。
文字通り時代の「看板」である。

L16970blog 鶏肉屋さんの表に出ていた看板。自信と主張があふれ返っているが、読んでみると意外とリズムよく読めることに気が付く。

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2014年4月27日 (日)

風景写真と電線

ある風景写真の大家が著書の中で、日本の自然風景には、何かしらの人工物があるので十分注意して撮影したいものであるというようなことを書いていた。
つまり、電線や、鉄塔や、ガードレールなどのことである。
純粋に自然風景だけを撮るなら、じゃまなだけのものだが、とはいえ必要だから存在しているわけで、そのあたりは難しい問題がある。写真に撮られるために物事は存在しているわけではないからだ。
ならば何とか写らないように工夫するしかないのだが、積極的に取り入れてしまうのも新しい風景写真として成り立つのではないのか。
いつまでも絵葉書のような風景写真でなくてもいいだろうに。
自然風景の中の人工物は困るのに、富士山にゴミを捨てるのはOKな国のネイチャーフォトというのを見てみたい気がする。
私の場合は街の写真なので、100%人工物。自然などカケラもないような景色ばかりである。
自然のものが混じる方が違和感があるような所ばかりを撮っているので、電線だろうがなんだろうがぜんぜんOKだ。
道端に落ちているゴミも含めて「街の写真」、そう思って撮っているから、逆に大自然100%の所に連れて行かれると不安になるかもしれない。
思わず、空き缶やコンビニの袋が落ちてないか探したりして。(笑)

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2014年4月26日 (土)

ゲームは嫌い

「楽しそうに、殺した敵の話をしてくれる子供たちを見て愕然としたんですよ。」
昔、入院したときの病院の婦長さんの言葉である。
帰宅した婦長さんに、得意げにゲームの戦果を話してくれるのはいいのだが、「殺す」や「死んだ」という言葉を平気で使う我が子を見て、自分が看護婦という人の生き死にに密着した仕事をしている分、恐ろしくなったのだという。
それ以来、怪物であれ何であれ、生き物をやっつけるゲームは買い与えないようにしていると言っていた。
私はゲームをやらない。やったことはあるが、のめりこむという事が無いので、ゲーマーと言われる人たちの心理が全く分からない。
電車の中でも必死になってゲーム機を操っている人やケータイでずっとゲームをしている人が多くなったが、さっぱり理解できないのだ。
根本的にゲームはするものでなくて、それを考えた人が一番エライと思っている。

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ゲームの写真がないのでゲームセンターの写真で。

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2014年4月24日 (木)

レンズで選ぶハーフサイズカメラ

まず最初に、オリンパスペンFは除外させていただく。たくさんの交換レンズを持つ一眼レフは最初からいろいろなレンズが使えることが前提のシステムのため、今回の趣旨からはずれるので。
カメラ雑誌の使用レポートのようにすべての機種を網羅して書くことなどできないので、手持ちのペンF以外のハーフサイズカメラから、実際に使ってみての印象について書いてみたいと思う。
まず、手持ちのカメラを見てみると、レンズの焦点距離が28~32ミリ(35ミリ換算41~47ミリ)なのが、オリンパスペンシリーズとキヤノンデミ、ミノルタレポ。
25ミリ(35ミリ換算36ミリ)のやや広角レンズが付いているのが、リコーオートハーフとキャディ、フジカミニ。
特殊なのがフジTW-3、23ミリと69ミリ(35ミリ換算33ミリと99ミリ)を切り替えて使えるツインレンズのハーフサイズカメラである。他に東郷堂メイハーフELという子供向けカメラもあるが、これは40ミリ(35ミリ換算59ミリ)というやや長いレンズ。
実際使ってみて、残念だったのはメイハーフEL、これはトイカメラに毛が生えたようなカメラなので、写っていればOK程度の写りだったが、子供にとっては十分だったのだろう。キチンと写真を撮る常用カメラにはならなかった。
もう一つあまり印象が良くないのがフジTW-3、フィルム屋さんのカメラにハズレ無しが持論だが、ちょっと裏切られた。何というかモッサリした写りというか、シャープさがないというか、広角レンズ側はまだいいが望遠側のレンズは特にそういう感じがした。
オリンパスペンシリーズはどれも優等生。さすが大ヒットしたカメラだけのことはあると思った。初めて使ったペンの写りが気に入ってしまって気が付けばペンだらけだが、このカメラだけはいくらあっても構わないと思わせるハーフサイズカメラの中ではマチガイのない選択肢。
ミノルタレポは、シャープさで定評のあるロッコールレンズが付いていて、確かにシャープな写りだが、カリカリにシャープというほどの感じはしない、ハーフサイズカメラの中では実用というより、マニア向けの感があるカメラなので、中古価格も高い。どうしてもレポでなくてはというこだわりがあるのなら選んでもいいかも。
キヤノンデミは発色の良さが他のカメラとは違う感じがした。特にリバーサルフィルムで撮るとそれを強く感じる。派手ではないのだが、華やかでコクがあるというか、高性能な今時のフィルムと相性がいいのかもしれない。おすすめは初代デミ、シリーズの中で一番かっこいいと思っている。
フジカミニはその小ささとデザインが光っている、持っていて楽しくなるカメラだが、写りに関しては悪くはないが飛び抜けて良くもないという印象。やや広角のレンズはいいのだが、画面の中に曇り空などの白っぽいものが入るとコントラストが一気に低下する。どちらかというとコレクター向きのカメラ、中古価格もやや高め。
同じく広角寄りのレンズということでリコーキャディとオートハーフがあるが、ハーフサイズカメラの中で一番レンズがシャープだと感じたのはこの2機種。
オートで使うのならオートハーフ、マニュアルで使うのならキャディと使い分けているがどちらも実に良く写る。
キャディはオートハーフの陰に隠れて地味な存在だが、そのぶん中古価格も安いし、ちょっとレトロなデザインは今となっては逆にカメラらしくていいと思うのだが。
オートハーフはゼンマイ仕掛けのモータードライブでどんどん撮れるのが楽しい。しかも写りは抜群、たくさんの種類と台数が生産されたので中古カメラ屋さんでもこなれた値段でよく見かけ選べる。
で、結論。初めてのハーフサイズカメラ入門にはオリンパスペンEEシリーズかリコーオートハーフ、露出計を持っていてカメラ任せで撮りたくないこだわり派にはオリンパスペンSかDシリーズ、リコーキャディをオススメしますって、最初から分かっているような、当たり前すぎる結論になってしまったが、名機は時代が変わっても名機ってことで。

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2014年4月22日 (火)

やっと出たというか何というか…PENTAX FILM DUPLICATOR

リコーイメージングがフィルム複写用アクセサリーPENTAX FILM DUPLICATORなるものを5月下旬に発売するというニュースをネットで見た。
CP+2014でひっそりと参考展示していたそうで、検索してみるとその時の動画も出てきた。
どういうものかというと、デジタル一眼レフを使ってフィルムで撮ったネガ、ポジを複写するための装置である。
デジカメしか知らない若い人たちは知らないかもしれないが、おじさんのような古くからのカメラ好きにはちょっと懐かしさも感じる写真用品である。
フィルム一眼レフ全盛のころは、各社一眼レフのシステムに接写や複写用アクセサリーとしてランナップされていた。
大抵デュプリケーターと呼ばれる複写用アタッチメントをベローズと呼ばれるレールの上に乗った伸縮の微調整がきく蛇腹の前につけて使うようになっていて、50ミリぐらいのマクロレンズで等倍の複写ができるようになっていた。
ニュースリリースによるとフィルムスキャナのように取り込み時間がかかることなく、写真撮影感覚で手軽にフィルムからデジタルデータ化できるとなっているが、こういう製品が今までなぜ出てこなかったのかというのが正直な気持ち。
よもやまカメラでは、デジタル一眼レフでフィルム複写の勧め記事を過去に書いているが(2013年6月4日デジタル一眼レフをフィルムスキャナーにhttp://yomocame.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-78f1.html、2013年8月22日スキャン待ち解消作戦http://yomocame.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-fce1.html)いずれも自分で工夫や自作をして複写をしているので、こういう専用アクセサリーはカメラメーカーからもっと早く出してほしかった。
で、ようやくでも製品化してくれたことは素直に喜びたいのだが…問題はその値段。オープン価格で約12万円!!!
1万2千円の間違いかと思って何度も見返してしまった。確かにニッチで大量に売れるようなものではないと思われるので高くなるのは仕方がないこととはいえ、この値段はちょっとどころか恐ろしく高くありませんか
。ボッタクリと言われたとしても仕方がないような。この半額でも十分高すぎると思ってしまうのですが。
フィルムスキャナーの選択肢がほとんどない現状では、こういうものに頼るしか仕方がないのでしょうが、ちょっとあんまりな値段が残念に思えたのでした。

110515kodak_no1_ags_07blog Kodak No.1 Autographic Special, Model Aという6×9カメラで撮影したポジをライトテーブルの上に載せてEOS 5D MarkIIにEF100mmF2.8マクロをつけて複写。A4サイズのプリントも大丈夫。

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2014年4月20日 (日)

街で見かけたカメラ女子

カメラ好きで写真歴だけは長いオジサンが、街で見かけてカッコ良かったカメラ女子のオハナシ。
この場合、流行やファッションでカメラを持っている女子よりもやや本気モードで写真をやっている「遊びじゃないのョ」なフィルムカメラの方たち限定とさせていただきます。(笑)
■以前行きつけの中古カメラ屋さんで、若い女性がローライフレックスをポンと買い求めているのに出くわしたことがある。
二眼レフは初めてらしく、店のオッサン額に汗しながら必死に説明していましたな。ま、お嬢さん相手だと、いつものややこしい常連客相手よりも説明のしがいはあるでしょう、ほかの客は放ったらかしで実に楽しそうでした。
オジサンにはそんな高額カメラを躊躇なく買ってしまうなんてできそうもないですし、いざとなったら女性の方が思い切りはいいですな。
■駅のエスカレーターで前に立っていた若い女性の肩から下がっていたのがニコンF3モードラ付きに28ミリらしき単レンズ、使い込んではげたメタルフードが渋く、黒いコートをひるがえし、颯爽と歩いていく後ろ姿がカッコ良過ぎ。う~ん撮られたい。
■商店街のど真ん中で、人混みに逆らうかのようにお辞儀姿で動かないお嬢さんの後ろ姿を発見。
ドンケのカメラバッグを斜め掛け、これはどう見てもローライあたりの二眼レフを構えたカメラ女子と見た。
通りすがりにチラリとカメラを見るとなんとマミヤCシリーズ、レンズ交換のできる唯一の二眼レフ、詳しい型番まではわからなかったが、以前C33を持っていたことがあるのでマミヤのCシリーズはすぐわかる。
良くもまあこんな重量級の二眼レフをとオジサンの心配もどこ吹く風、颯爽と撮り歩く姿が渋かった。
で、近くの本屋に寄った後、外に出るとまだそのカメラ女子、うろうろしながらカフェの看板何ぞを撮っている。
マミヤの二眼レフはレンズボード蛇腹繰り出し式なので近距離の撮影に強いのはわかるが、このお嬢さん二眼レフのパララックスを分かって近距離撮影しているのか、はた目に心配な撮影ぶり。
二眼レフは近距離になればなるほど、ビューレンズとテイクレンズの視差が顕著になるのでファインダーで見たよりもかなりずれて写るのだ。あの様子だと現像上がりを見てがっかりするパターン。

■おしゃれな雑貨屋さんが軒を連ねる界隈を撮り歩いていたとき、背後から聞き覚えのあるバカでかいシャッター音が。
振り返ると小柄なお嬢さんがブロニカS2を構えて立っていました、これまた重量級。手ぶれしないようにね、と声をかけそうになったが、扱いを見ていると手慣れた感じでそんな心配は無用の様子。
女性は大きなカメラを持たないなどと思いこんでいるのは昭和オヤジの偏見以外のナニモノでもないと反省。
■大阪のとある中古カメラ屋さんで物色中、二十歳ぐらいのお嬢さんのグループがワラワラと入ってきた。7人ぐらいだったでしょうか、どうやら専門学校の学生さんの様子。全員首から往年のフィルム一眼レフを下げ、レンズをいろいろ見せてもらっておりました。
カウンターは占拠され、にぎやかなことおびただしい。店のオジサン手に負えなくなって、奥から若い店員を呼んできて逃げてしまった。
お客さんも何となく居場所が無くなって店の端っこでチラチラ見ながら、会話に聞き耳を立てておりましたな。
若い女性相手だと接客も丁寧になるのは、中古カメラ屋さんの性なのでしょうか。いつ来ても買いそうで買わないビンボーオジサンは即退場しました。

ケータイやスマホに当たり前にカメラが付いていて、写真を撮ることが特別でも何でもなくなったこの時代、あえてフィルムで、しかも昔のカメラで写真を撮ることにこだわってくれる女性が増えているのは、素直に喜ばしいことですな。オジサンは陰ながら応援いたしておりますよ。

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さすがにカメラ女子の写真は無いので、出没率の高い乙仲通りの写真を。

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2014年4月19日 (土)

人生の辞書に無くなった言葉

「余の辞書に不可能の文字はない」と言ったのはナポレオンだったが、自分自身に当てはめて、人生の辞書に無くなった言葉を探してみたら何が出てくるのだろうとフト思いついて、いろいろ考えてみた。
まず、【体力】元々無いのに最近はめっきり無くなって、ヘタレもいいところである。電車の中でも空いている席を探してしまうようになった。代わりに【ドッコイショ】が新しく辞書に加わったが。
【根性】【踏ん張り】これも今やほとんど無くなってしまって、【もうエエか】【今日はこれぐらいにしといたろ】に置き換わりつつある。
【徹夜】若いときは仕事で徹夜になっても、ユンケル飲んで頑張れたが、今は無理をしたら翌日疲れが倍返し。元に戻るまで一週間ぐらいかかるので辞書から完全になくなった言葉。
【食べ放題】街中の飲食店で、この文字を見かけると避けて通るようになった。そういうお店に行っても元が取れないし、もうそんなに食えない。若いときにはとても魅力的な言葉だったのだが。同義語に【大盛り】【おかわり自由】がある。
オジサンになると「いいものだけを少しだけ」に食の傾向が変わるので【ハッピーアワー】の「アテ2品に生中」や【ほろ酔いセット】の方が魅力的である。
【髪の毛】どんなにいいシャンプーや育毛剤を使ったところで、遺伝には勝てない、風呂場の排水口に溜まった海苔の佃煮のような固まりを見るのはもう慣れてしまった【去るモノは追わず】【サヨナラだけが人生さ】である。
【言い争う】【キレル】が無くなって【忍耐】【あきらめ】に。自分の力ではどうにもならないことばかりが山のように増えたのでね。
まだまだいくらでも出てきそうだが、なんだか書きながらどんどん自虐的になって悲しくなりますな。(泣き笑)

L23708blog オジサンの辞書には不可能なものがいっぱい増えましたな。おなか周りも。(笑)

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2014年4月17日 (木)

ほんとに楽しんでるの?ポラロイドSX-70

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以前、実家で放ったらかしになっていたポラロイドSX-70というカメラをもらってきた。
新し物好きの父親がその昔、工事の証拠写真の記録や提出用写真を撮るために買ったもので、何度か使わせてもらったことがある。デジカメなどまだどこにもなかった時代の話である。
貼革はボロボロ、動くかどうか使ってみたかったが、2008年にポラロイド社が撤退してフィルムが無く、そのまま放置状態になっていた。
このカメラ、フィルムパックにバッテリーが組み込んであるためフィルムパックを装てんしない限り動くかどうか確かめることができない構造なのである。
このフィルムを復活させる活動「IMPOSSIBLE PROJECT」というのが現在は製造販売していて、カメラ量販店などで買えるということで試しに買ってみた。
フィルムパックを入れてみると、ちゃんと動いて撮影できた、カメラ自体はなんともない様である。が、しかし…写り具合があまりにひどい、写っているものが分からず、とても見られたものではない。
IMPOSSIBLE PROJECTのサイトで調べてみると、ポラロイドフィルムでありながら、当時と全く同じ材料ではもはや作ることができないので別物なのだそうだ。
しかも撮ってカメラから出てきたらすぐに光が当たらないようにしないと感光してしまうという…
「え~っ?これって、ドウイウコト?ポラロイドカメラで使うのにポラロイドフィルムではないのかっ!」
撮ってしばらくすると画像が出てくるとばかり思っていた私は目が点になってしまった。どうやら昔のポラロイドカメラの感覚で使ってすらいけないフィルムということらしい。
おいおい、ちょっと待て。そんなフィルムをわざわざ作ってまでポラロイドを使う意味があるのか?
同じインスタントカメラなら富士フィルムのチェキもあるだろうに、なぜそこにこだわるのかさっぱり訳が分かりませんが。
これってもしかすると、トイカメラ遊びの逆パターンですか?
つまり、写真の撮れるおもちゃに高性能な今時のフィルムを詰めて、ゆる~い写り具合を楽しんでいるのがトイカメラ遊び。
ちゃんと写るポラロイドカメラに写らないフィルムを詰めて楽しんでいるのがポラロイド遊び。
どちらも「アート」の一言で片づけてしまえば、どこからもお叱りも飛んでこない「イケてる写真」というわけでしょうが、おもちゃの写りを楽しむDNAもなければ、写らないフィルムの写真を芸術と思える感性もないオジサンにはまったく理解と納得がいきませんな。
結局、高いフィルム1パック使って、カメラの動作確認をしただけになってしまったという、後味の悪い一日でした。

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2014年4月15日 (火)

楽しすぎるリコーオートハーフ

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リコーオートハーフは、ハーフサイズ故の被写界深度の深さと、シャープなレンズのおかげで、2.5mの固定焦点でありながら実に素晴らしい写真が撮れる名カメラである。

屋外であればピントのことを気にせず、ゼンマイ仕掛けのモータードライブでフィルム巻き上げもお任せで軽快に撮り歩ける、構図だけを考えてあとはシャッターを押すだけ、他に何もない。これで写りも抜群なのだから大ヒットカメラになったのもうなずける。
ハーフサイズファンとしては、手元に何台あっても困らないし、コンディションのいいものなら何台でも欲しい。
オートハーフとの出会いは、古いカメラ好きの私に、元同僚が実家で使われずにしまい込まれていたオートハーフSEを譲ってくれたのがきっかけ。
ダメになっていたモルトを貼替え、早速フィルムを詰めてテスト撮影したところハーフサイズとは思えないほどのシャープな写りにビックリしてしまったのである。(下の明石海峡大橋の写真、クリックで拡大。)
試しにネガをフィルムスキャナーで取り込みA4サイズにプリントしてみたが何の不満もない、もっと大きなサイズにプリントしても大丈夫なのではと思ったぐらい緻密な描写だった。
すっかりオートハーフが気に入ってしまい、ジャンクで直せそうなものを見つけるたびにお持ち帰り、何台かバラすと直し方も分かってきて、そうなると撮るよりも直す方が楽しくなってしまって、一時机の周りは直しかけのオートハーフだらけになったこともあった。
友人知人に撮った写真を見せ、そのあとで「使ったカメラは実はコレ」とオートハーフを見せるとまず間違いなく興味津々で食いついてくるのが楽しかったのである。
結局、直したものはそういう友人知人の元へ、素人修理なのでいつ壊れるかは分からないことを承知してもらった上で嫁いでいったが、出戻りは一台もないので、嫁ぎ先で可愛がってもらっているのだろうと思っている。

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2014年4月13日 (日)

そば屋が物足りない

東京でそばを食べたとき、確かに旨いと思った。
江戸っ子なら、つゆにちょこっとつけて、ツルツルと「そばをたぐる」のが、粋なのだろうが、こちとら関西人なので、どうしても、どっぷりとつゆにつけてしまう。
初めて東京のお蕎麦屋さんでそれをやったら、辛くてとてもじゃないが食えなかった。関西とはつゆがぜんぜん違うのだ。確かにこれでは、どっぷりなんてつけられないと思った、希釈タイプのそばつゆの原液みたいだと思ったのである。
そばは確かに旨かったのだが、量が少ない。「腹いっぱい食うモンじゃないよ」と、江戸っ子の声が聞こえてきそうだが、それにしても少なすぎるしお値段もイイ値段だ、原材料や、手打ちにこだわれば当然そうなるのだろうが。
チョットつまむとか、日本酒の後に食べるのなら、それでいいだろうが、関西人にとって麺類はちゃんとした食事なので、質もだが量も欲しい。
さらに麺好きで人の二倍は平気で食べてしまう私など、物足りないわ、食った気がしないわで、こだわりだの、手打ちだのどうでもいいから、腹いっぱい食わしてくれといいたくなる。
長いものには巻かれろならぬ長いものを食わせろなのだ。

L18991blog 東京南千住/EOS Kiss Digital N EF16-35mmF2.8L USM/今はもう営業していないようだったが、こういう庶民的なお店の方が何だか落ち着く。

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2014年4月12日 (土)

理想のコンパクトデジカメ

スマートフォンのカメラ機能がどんどん進化したおかげで、コンパクトデジカメが売れなくなっているそうだ。撤退や、規模縮小するメーカーもある中で、よもやまカメラ的理想のコンパクトデジカメを考えてみた。
まずファインダーは必須。背面の液晶を見ながらアングルを決めるなんて、わざわざ手ぶれしに行っているようなカメラの構え方はバツ。素通しでも折りたたみ式のフレームだけのものでもいいからファインダーは絶対いる。
その2、ズームはいらない。友人知人に聞いてみて意外と使われてなかったのがズーム、中には付いていることすら知らない方もいるぐらい。ズームがなければレンズはもっとコンパクトに出来るので、電源を入れてからワンテンポ遅れてレンズが繰り出してくるのを待つこともない、そのぶんファインダーにコストをかけられると思う、Canon Demiのようなケプラー式実像ファインダーを求む。
その3、遅いオートフォーカスはいらない。コンパクトデジカメの場合小さなセンサーサイズのため被写界深度がもともと深いので、昔のハーフサイズカメラのように、固定焦点、もしくは3点ぐらいのゾーンフォーカスで充分ピントは合う。たらたら動くオートフォーカスでバッテリーを消耗するぐらいなら、すっぱり固定焦点で充分だ。
その4、フラッシュのオンオフスイッチはわかる位置に。光らせるかどうかはユーザーが決める、カメラが勝手にやらなくていい、余計なお世話というものだ。正直なところ、フラッシュは無くてもいいとさえ思っている。そのかわり高感度に強くしてくれれば充分だ。
その5、レンズは35mm換算で28~40mmぐらいの焦点距離で、収差などそつなく抑えてコンパクトなら無理にF値を明るくしなくてもいい。
その6、シャッタースピードと絞りは単独のダイヤルで設定できるように。ペトリカラー35のようなレイアウトが理想。
その7、シーンモードはいらない。人物、スポーツ、風景などそれに合わせればきれいに撮れますよと言う事なのだろうが、使っても元に戻せなくなるから使わないと言われた事がある。便利そうに見えて所詮その程度のものなら、付加価値ではなく単なる無駄、付いていることで便利にならずにユーザーが迷うようなものは無くていい。
その8、操作音はいらない。ピピッという合焦音もオートフォーカスがなくなればいらないし、そのほかの音も本当に必要ですか?消音設定とか付けるのではなく最初からいらないという事。
その9、必要以上に小さくしなくていい。無理な小型化は実は使いにくくなるだけだ。スイッチ、ダイヤル類も含めて使いやすい大きさにして欲しい。
その10、最後に、これが一番大事なのだが、設計とデザインは写真を趣味にしている方にやって欲しい。組み込むソフトウエアのインターフェイスも同じ。今のコンパクトデジカメを見ていて写真を撮ったことがある人が設計しているように思えないからだ。
このカメラで本当に写真撮れますか?お店の店員ではなく設計者に聞きたいといつも思う、理想のカメラはどこにもまだない。

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発売当時のキャッチコピーが「シャッターだけは押してください」だった、リコーオートハーフシリーズ、この使い勝手でデジタルカメラを作ってくれれば…。

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2014年4月10日 (木)

目くじら立てんでも 

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国際司法裁判所から南極海での調査捕鯨に中止命令の判決が出て、クジラの食文化を否定された形で残念などと報道されていた。
それだけ捕鯨に対する世界の目は厳しいということだが、獲っちゃダメって言ってるだけで、食べちゃダメとは言ってないので、今でも商業捕鯨を行っているアイスランドやノルウェーからの輸入という手もあるそうだ。
クジラ専門店や、クジラが地場の食文化の中心のところは、今まで通りという訳にはいかないのかもしれないが、無くなってしまうということはないのではないか。
子供の頃はクジラをよく食べた、市場のお肉屋さんでは一番高いのが牛肉、次が豚肉、そして安いのが鶏肉、鯨肉だった。
今では高級料理になってしまった「はりはり鍋」も、またかというぐらいよく食べさされたし、おでんにはコロが必ず入っていた。オバケ(尾羽毛)といわれるさらしクジラ、クジラベーコンに竜田揚げ、クジラカツなどなど、家でも学校の給食でもよく出てきた。高校の学食もカツはすべて鯨肉だったので、当たり前に食べていたのはそのころくらいまでだったと思う。
いつごろからだったか記憶が定かでないが、たぶん商業捕鯨が禁止された頃からだろう、クジラが高級品になってほとんど見かけなくなって、おでん屋さんで「さえずり」などを注文するとえらい値段をとられたし、居酒屋でも刺身やオバケやベーコンを見かけなくなった、串カツ屋でもメニューから消えて、クジラはどんどん遠ざかって記憶の中の懐かしの味になってしまったのである。
調べてみると最近は学校給食でクジラ料理が復活してきているそうで、調査捕鯨で獲った鯨肉のだぶつき解消の意味もあるらしい、何とも勝手な話である。
確かにここ数年、飲み屋でクジラをよく見かけるようになった、そんなに高くもなく楽しめるのはありがたい。
若い人はクジラを食べなくなっているし、見たこともないような人たちもいるだろう。牛肉を当たり前に食べてきた今の若い人にクジラの味が好まれるとは思えないし、クジラと聞いてあの味わいがよみがえるのは私ぐらいから上の世代だけではないだろうか。
このままでは調査捕鯨をうんぬんする前に見向きもしない人ばかりになってしまって、別に獲らなくてもいいかになってしまうかも。
「クジラ注文しはるんは、お客さんぐらいの世代から上の方ばっかりですわ」。とある居酒屋の主人の言葉である、その後クジラの昔話で盛り上がったことは言うまでもない。

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写真2点とも九州小倉の旦過市場で見かけた鯨屋さん。

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2014年4月 8日 (火)

今年の花見は寒いし雨だしタイミング悪いし

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日曜日に花見に行った。毎年どこかに花見に行っているが、今年は寒いわ、雨が降ったりやんだりだわの最低のコンディションなので、歩いて数分の近所の団地の中にある公園に行った。この日を逃すと来週はもう散ってしまって花見の風情も無くなってしまうだろうからだ。
このあたりが神戸市のベッドタウンとして開発された頃に、いっぱい出来た団地なのでかなり古いのだが、その敷地内に何か所か小さな公園がある。団地にさえぎられて表の広い道路から見えないので、完全に地元民だけの隠れた穴場なのだ。結構立派な桜もある。
近すぎるぐらいの近場とはいえ、せっかくのお花見である。気分だけは盛り上げたいので、朝から昨日下処理をしておいた筍で、筍ご飯を炊いて、お吸い物も作ったのだが、一向に雨が止まず、待っている間に腹が減ってしまって結局家の中で普通に食べてしまった。
ところが食べ終わった途端に雨が上がって晴れ間が顔を出すという何ともタイミングの悪さ。もう30分ほど待てば花見弁当と洒落こむことができたのに、腹が減っていたのだから食ってしまったものはしょうがない。
晴れ間が出たのなら、とりあえず行ってみるかと用意をしかけたら、今度はにわかに曇ってきて雨が降り出す始末。
結局晴れ間が出たり、雨になったり猫の目のようにコロコロ変わる天気で、出かけられたのはお昼をだいぶ回ってから。
朝の残りをおにぎりにして、近くの市場で串カツを揚げてもらって、お昼ご飯を公園で食べることにした。
最初の予定通り花見弁当にはなったがなんだか釈然としないお花見であった。

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2014年4月 6日 (日)

海文堂書店の復活?

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昨日土曜日の神戸新聞朝刊一面に「海文堂書店“復活”を神戸市が検討」という記事が出ていた。
海文堂といえば、昨年九月末をもって99年の歴史に幕を下ろした神戸では老舗中の老舗書店であったが、その後も閉店を惜しむ声が多かったということだろう。
確かに、あの長い元町商店街に一軒も本屋さんがなくなってしまったことは、商店街としていびつだし、おかしなことだとは思うが、その復活に行政が関わるのはどうなのかなと感じた次第。
本屋さんが閉店すると、若者の活字離れをその理由の一つに挙げるのがマスコミの論調だが、それは違うと思う。
私の見る限り、通勤電車内でも年配の人より若い人のほうが本を広げている光景を目にするし、周りにもひと月の書籍代が数万円という若い人がいっぱいいる。若者は活字離れなどしていない、ただ本の買い方が様変わりしてしまったのだと思う。
インターネット書店と電子書籍のおかげで、本屋さんに行く機会は確かに減ってしまった、検索をかければすぐに目当ての本にたどり着け、注文すればすぐに届く。しかも24時間いつでもOKである。
電子書籍なら即時ダウンロードで済んでしまう、紙の本に執着しなければ便利この上ない。
目当ての本を探しにわざわざ本屋さんに足を運んでもらうということが難しい時代である。
昔は本屋さんに行くのは楽しかった。買いたい本があるわけではなくても、本屋さんの売り場をうろつきながら、目についた本を手に取りページをめくり、品定めしながら数冊の本をレジへもっていく。
本を買うというより、本屋さんを楽しんでいたように思う。
本屋さんも個性的なお店が多かった。海文堂はそういう本屋さんを最後まで続けてくれたお店だったが、いかんせん閉店時間が早すぎた。
仕事の後に行こうと思っても絶対間に合わない、元町商店街自体が早々と閉まってしまう店ばかりなのでそれに合わせていたのかどうかわからないが、結局9時まで開いているジュンク堂ばかり行くようになってしまった。
行きたい時間に本屋さんが開いていないのなら結局ネットで買うほうが便利ということになってどんどん足が遠のいてしまうのは当然なのだから、もし行政が関わって復活するにしても、昼間の客しか対応できない元町商店街では復活しても同じことになるのでは。
せめて仕事帰りに本を買い求められる本屋さんにしてほしいものである。

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2014年4月 5日 (土)

ポメラDM100のええところ、悪いところ

どこでも、さっと取り出してすぐに文章を打てるポメラDM100は、今まで買った電子ガジェットの中では一番「買ってよかった」ものである。
ipadの押した感触のないソフトウエアキーボードが苦手なのでキチンとしたキーボードで打てるのが気に入って、ブログの記事を書くのに、手放せないツールとしていつもカバンの中に放り込んで持ち歩いているが、使い続けてみて感じた気になったところと良かったところを書いてみたい。
まずダメなところ。
内蔵ボタン電池が十分あるにも関わらず、電池切れの点滅表示がでるのは、完全に設計ミスだと思う。この件に関しては「南北物産の狩帳簿+α」というブログで解決策がでていたので(感謝)その通りやってみたところ見事に治まったので、とりあえずは解決。
ストラップを付ける出っ張りが、専用ケースに入れるとほとんど意味をなさず、無用の長物な件は以前ブログに書いたが、ばっさり切り落としてしまって解決。
底面に付いている滑り止めのゴムが、専用ケースからの出し入れですぐに取れてしまう件、これがないと、開けたときに後ろに倒れてしまって、キーボードをまともに打てない。液晶パネルとキーボード部分の重量バランスが悪いのでこんなことになるのだろうが、せっかくキーボードでサクサク打てるのが売りの機械でこれはないだろうと思う実に残念な部分。ホームセンターで売っている家具の滑り止めゴムを寸法に切って貼り付けて解決。
これは私のものだけかもしれないが、バッテリーの残量表示が不安定。充電したての電池を入れているにも関わらず、バッテリーが残り少ないと表示が出る、無視して使っているといつの間にかバッテリーが十分の表示に戻っていて普通に使えるので気にしないことで解決。
次は良かったところ。
F7キーで文字情報表示ウィンドウが出るところ、今書いている文章の総文字数が確認できるのが便利。決まった文字数で文章を書くときには重宝する、このウィンドウEscキーで閉じるになっているが、Menuキーを押す方がすぐに文書画面に戻れて手っ取り早い。
辞書呼び出しが、メニューからではなく、画面横に独立したボタンになっているところが便利。とにかくさっと調べて、さっと編集中の文章に戻れるのがいい。国語、英和、和英が個別のボタンなのも使い勝手がよく考えられていると思う。
東芝FlashAirという無線LAN機能を持ったSDカードを挿していると、ワイヤレスでEvernoteに投稿できるところが便利。以前はいちいちUSBケーブルでつないでパソコンにデータをコピーしていたのだが格段に楽になった。

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バックライト付き液晶パネルで、暗い場所でも画面が見やすいのが便利。わざと照明を暗くしている喫茶店でも文章が書ける、老眼のオジサンにはありがたい。
キーボードが意外と打ちやすいのが便利。慣れもあるだろうが、電車の中で、膝の上にカバンを置いてその上で打っていてもサクサク打てる。
軽くて、カバンに放り込んでいても収まりがいいところが便利。大きさの割に薄っぺらいのでじゃまにならない。
単三電池2本で、長時間使えるところが便利。eneloopで使っているが、よく持つ、もしバッテリー切れになってもどこでも買える電池で動くというのは心強い。予備を持ち歩いても単三2本なら負担にならないし。
ま、なんといってもこの機械の一番いいところは、こうしていつでもどこでも文章を書くことに集中できるところだと思う。
自炊で電子書籍化した資料が山ほど入ったipadとペアで持ち歩いているが、ちょっとした空き時間や、休憩に入った喫茶店の隅っこ、公園のベンチでもさっと取り出して文章を打てば、そこはもう書斎である。
いろいろ残念な部分も多いポメラDM100だが、手放せない道具として十分気に入っているので、そういうところがすべて解決された次の機種がもし出たら間違いなく買うでしょうな。

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2014年4月 3日 (木)

修理の第一歩、モルト交換

Canon_demi_001blog キヤノンデミの裏蓋を開けたところ、モルトだらけ。

「モルト交換済み」。中古カメラ屋さんの値札に書かれた、カメラのコンディションを表す言葉のなかで、一番目にする表記ではないだろうか。
モルトとは何かというと、モルトプレーンという黒いスポンジで、フィルムカメラの裏蓋の周囲もしくはボディ側の周囲に貼られていて、外からの光が入り込んでフィルムが感光してしまうのを防ぐ役割をしている。
古い二眼レフカメラで、モルトの代わりに黒い毛糸を使っているものもあった。
どういう訳か、日本のカメラはモルトで遮光するのが当たり前みたいなところがあって、これは当時の工作精度や品質のせいなのかもしれない。手持ちの数少ないドイツ製カメラには全くと言っていいぐらい使われていないし、それで問題が起こったことがないので、これは設計や思想の違いなのだろう。
個人的にはモルトを使わなくてもキチンと遮光できるように設計するべきだと思っている。
このモルトが厄介なのは、経年変化で劣化してしまうことだ。弾力がなくなって、固まってしまうのならまだいい方、加水分解でタール状になって接着剤よろしく裏蓋がくっついて開かなくなってしまっていたり、パサパサの粉状になって開けるとカメラの中は粉だらけだったり。
中古カメラ屋さんのジャンクワゴンのカメラの中には機械は動くのにモルトの劣化で汚らしいまま放置されているものも少なくない。
今まで見た中で特にひどかったのがキヤノンデミとリコーオートハーフ、裏蓋にこれでもかとモルトが貼ってあるので、ほぼ間違いなく全滅、裏蓋を開けて「あ~あ」な残念なカメラである。
デミやオートハーフに限らず、古いカメラはたいていモルトがだめになっているので、ジャンクカメラを直して写すことを楽しみとするものにとって、モルト交換は避けては通れない修理の第一歩ということになる。
やってみるとそんなに難しいものではないので、これでカメラがよみがえればやりがいもあるというものだ。
モルトプレーンは中古カメラ屋さんや大手量販店で売っている。シート状で厚み違いが数種類、シールのように裏に糊がついているので必要な形に切って裏紙をはがして貼り付ければいい。
あと薬局で売っている無水アルコールと竹串と注射器。100円均一ショップの化粧小物コーナーに化粧品を携帯容器に詰め替える注射器とボトルのセットが売っている。竹串は幅の広い田楽やつくね用のものの先を削って使うと便利。
実際の作業は、まずデジカメでモルトがどのように貼られているか現状の写真を資料として撮っておき、寸法も測ってメモしておく。
古く劣化したモルトにアルコールを注射器で注し、柔らかくなったら竹串でこそげ落とす、竹串だとカメラに傷を付けないし、先を削ってカメラの形状に合わせられる。
きれいになったらモルトを寸法に切り出し、貼り付けていくわけだが、このときもアルコールを使うと一時的に接着剤が効かなくなるので位置決めがしやすい、特に細い溝にモルトを貼り込んでいくときには有効。
コツは焦らないこと、じっくり時間をかけて丁寧に貼っていく。プロの修理屋さんではないのだから、納得がいくまでやるのが楽しいのだ。
カメラの汚れをきれいにし、モルトを貼替えただけで、なんだか自分のものになったような気分になるのが醍醐味かもしれない。
上手くいったら楽しくなって、さらに深みにハマってしまうかもしれないが、それはそれで幸せということで。

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2014年4月 1日 (火)

家族に聞いてはいけないこと

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この間、行きつけの酒場で、たまたま横に座っていたかなり年配の女性二人客と写真、カメラのことで話が盛り上がってしまった。
どちらもお孫さんと、庭で育てている花の写真を撮るのにデジタル一眼レフカメラを購入し、カルチャーセンターのデジカメ教室に通いながら撮影を楽しんでいるのだそうだ。
おひと方は聞くと、ご主人が長年写真を趣味にしておられ、リタイヤ後はご夫婦で撮影旅行によく出かけられているそうで、ちょっと羨ましいイイ話なのだが、だったらわざわざデジカメ教室に通わなくても、ご主人に写真のことを教えてもらえばいいのにと言うと、
「ダメダメ、主人に聞いたら最初は気ィよう教えてくれるけど、最後喧嘩になりますねん」
長年写真をやっているご主人にすれば、カメラのことを聞かれて悪い気はしないだろうが、何度も初歩的なことを聞かれると、だんだんイライラしてくるのだろう。
相手が、写真クラブの仲間で初心者とかいうのなら丁寧に教えるのだろうが、長年連れ添った奥様となると「そんなことも分からんのか」となってしまうそうだ。
確かにそういうのありますな。
そういえばよくパソコンのことを聞いてくる友人が息子や娘にパソコンを教わると必ず親子喧嘩になるといっていた。スマートフォンの使い方も右に同じ。
教わる側と教える側はある程度の距離感というか、お店とお客様ぐらいの関係でないとダメなのかもしれない。
あまりに親近者で、言いたいことが言い易い間柄では、つまらない言い争いに発展しかねないということか。
これからは、家族に「○○に詳しい」人がいても、うかつに聞いてはいけない、確実に揉め事のタネになります。(笑)

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